Chapter7 〜奇蹟〜





近付いてくる人の気配で目を覚ました私は、それが良く知っている気配であった事に安堵する。

ベッドから起き上がって霊力の戻り具合を確認し、扉に目を向けた。


「玲。入るぞ」


「うん」


声を返すと開かれる扉。

翡翠の瞳は厳しい色を孕んでいた。


「何かあった?」


「浮竹が倒れた。卯ノ花が見てるが、制御が不完全な所為か処置が上手くいかないらしい」


あぁ、と納得して目を落とす。

そもそも、身体の弱い彼には、今回の特訓は相当きつい。

それは分かっていた筈なのに、何の対策もしていなかった、私が悪い。


「ごめん。すぐ行く」


「戻ったのか?」


こんな時ですら、私の心配をする冬獅郎は、時々過保護な保護者のようで。


「まぁ、一割ぐらいは」


ベッドから降りて素直に数値を伝えると、眉間の皺を深くする彼の額に触れる。

くいっと皺を伸ばさせると、その手を掴まれて降ろさせられる。


「大丈夫だよ。白哉と斬り合いにでもならなきゃ今の霊力でも十分動けるから」


「なんで喩えが彼奴なんだ」


「潜在霊圧の高さは貴方達が群を抜いてるから、かな」


くすと笑って、足を速める。

早く行かなきゃ卯ノ花さんが可哀想だから。

修練場所に駆け込んだ私は、如何にか回道を発動させて、浮竹を治療している卯ノ花さんを見た。

彼女の額には玉のような汗が浮かんでいて。


「卯ノ花さん。代わるよ」


声を掛けると、限界だったのか、頭を下げて場所を空けてくれた。


「んだよ、四番隊の隊長も大したことねぇなぁ」


はっと鼻で笑う更木に無言で塞を放って。


「うおぉおお?!」


驚愕の雄叫びに背を向けて、浮竹に向き直った。

天照の光で彼を包みながら声を掛ける。


「浮竹さん。意識はある?」


「…っ…あぁ」


彼の目が薄っすら開いた事に安堵して、会話方法を変えた。


―浮竹さん。この病気、治したい?


「…は?」


―思念で伝わるから、声出さなくて良いよ。
私は貴方が過去に何をして今生きているかも知ってる。その上で聞いてるの。治したい?


―そうすれば、彼は消えてしまうのか?


―それは、彼次第ね。交渉はしてみるけど。


浮竹は暫く悩むように目を閉じた。


―君は、何を思ってこんな事を?


返事とは違う彼の問いには複雑な想いが入り交じっていた。

思念話を可能にしている今の状態だと、彼の思考は全て頭に伝わって来てしまう。

けれど、全ての答えを求めている訳ではないことぐらい分かっていた。

治せるのだから治す。

強くできるから手を貸す。

目の前のもどかしさについ手が出てしまう。

それが私の性格なのだろう。

けれど、私の心とは別の意思もない訳ではない。

私には成すべき事があって。

彼等に手を貸すことで、それが容易になる事も知った上で、行動しているのだから。


―知りたいのは動機?それとも理屈?


―はは。敵わないね。


別に知られても構わないのだけれど。

彼はそれ以上踏み込もうとはしなかった。


―じゃあ、お願いするよ。僕の病気を治してくれるかい?


―わかった。じゃあ場所変えよっか。その前に…


「卯ノ花さん」


「…はい。抑えられそうですか?」


浮竹の発作の事だろう。


「大丈夫。それより、手を出して?」


不思議そうにしながらも、差し出されたその手に手を重ねる。

霊力を同調させて、制御の乱れた霊圧を鎮めてやると、彼女の顔から色濃かった疲労が消えた。


「疲れたら休んで良いし、焦る必要もないよ。今回だけで終わらせるつもりなんて無いんだから、ね」


「どうして、私達に力を与えようとするのです?貴女には他にはすべき事が…」


「これだって、しなきゃいけないことなんだよ」


もしも、私の意思が砕け、闇に包まれてしまった時。

出来るならこと助けて欲しい。

それが出来なくても、どうにかして私を、殺してほしい。

それだけの力を、彼等が持っていなければ。

私の心は、死んでしまうから。


手を翳した私は、少し離れた場所にテーブルと椅子を人数分創造し、序でにティーセットまで取り出した。


「お菓子もあるからご自由に。浮竹さんは別室で処置してくるから。少し休んでて良いよ」


突然現れた寛ぎ空間に、目を瞬かせている死神達を横目に、私は浮竹に触れて空間転移を発動した。


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