蛍光灯

その先輩はいつも一番最後まで残っている。
クソみたいな証券会社でクソみたいな株を半ば騙すように売りつけ、毎日サビ残、終電帰り。
でも終電が出ちゃってるようなこんな時間でも、先輩はいつだって最後まで残っていた。

「帰らないんですか」
「まだ残った仕事がありますので」

金髪の髪。デンマークのクォーターらしい。
その綺麗な色の髪をワックスで七三に固めて、かなり整った顔をしているのに頬はこけ、隈ができ、私と同い年とは思えない風貌。

「過労死しますよ」
「あなたこそ、過労死しますよ。帰ってください」

お互いにパソコンをじっと見つめて、手と視線だけを動かしていた。
でも私が彼に話しかけたことによって口まで動かさなくてはならなくなったのだから、余計なことをしてしまったかもしれない。

「どうせ帰っても誰もいないし…なんにもないし…帰ったらところで…です」
「すごい顔してますよ。早く帰った方がいい」
「ふっ、女性に対してそんなこと言わない方がいいですよ〜。そりゃあ、あなたみたいに美形じゃないですけどね、七海さんも十分死人の顔してますから」

ははは、と笑いながら指先だけは素早く動かす。
外は大雨。雷も鳴っている。まるで私の心の中みたいだとおセンチメンタルなことを思った瞬間、もの凄い轟音とともに外の暗闇とは真逆に煌々と私たち二人を照らしていた蛍光灯が切れた。と同時にブツンと不吉な音を鳴らし、目の前の液晶も真っ暗になる。

「……。」
「……。」

終わった。私がやっていた作業は新しい施策のための顧客500件リストアップとその顧客それぞれの仮提案プラン作成。
289顧客終わったところだった。やっと300が見えてきた、とそう思ったところだったのに。
自動で保存されるからデータが消えたわけではないと思うが、300まで頑張ろうと息巻いていたところだったから、一気にここまで誤魔化してきたやる気が放出される。

「七海さん、無事ですか?」
「ええ、苗字さんは?」
「なんとか」

パ、とスマホのライトで辺りを照らす。斜め前にいる七海さんの顔も薄ぼんやりと見えて、もともと死にかけみたいな顔してたから、本当の幽霊みたいだと心の中だけで笑った。

「なんで七海さんはこんなクソみたいな会社にいるんですか?」
「そっくりそのままお返ししますよ。ここは女性が働いて行けるような環境ではない」

停電した状態。もう仕事にはならないので背伸びをし首を曲げるとゴキャ、とえげつない音がした。

「中途入社で1年も経ってないんですよ。転職先なんてありません」
「あなたは仕事も早いし器用です。転職先ならいくらでもあります。なのに妙に自信が無い。だから部長に良いように使われるんですよ」

ああ、イライラする。結構この人容赦ないこと言うよな。
そのイライラの原因の男をギッと睨むと、その男は眉間を押さえ、若いにも関わらずおでこにも皺ができるほど顔を顰めていたので、反論はやめた。

「…七海さん、彼女います?」
「いません。いたら早く帰ってます」
「なら、息抜き、しましょう」

私も多分めちゃくちゃに疲れていた。身体的にじゃない。精神的にだ。
自席を立ち並んだデスクの向こう側、七海さんのところまでスマホのライトを照らしながら移動する。
ぼんやり見える七海さんの顔は、いつもみたいにただただ疲れた顔をしていて表情が読み取れない。
なんかもう何も考えられない、プチプチと一つずつブラウスのボタンを外していくと、すごい勢いでその手を止められた。すごい力でびくりとも動かない。

「息抜きって…あなた…」
「女性から誘われるのは苦手なタイプです?」

私の手を止めている、筋張った手をもう片方の手手でゆっくり撫でる。
少しばかり彼の表情から動揺が読み取れて、してやったりな気持ち。
あとはもうお互いの欲望のままに、お互いのことなんて無視してオナニーみたいなセックスをした。
七海さんなんて昨日とスーツ一緒だし徹夜明けのくせに、3回目に突入する頃には私の方が疲労困憊になっていて動けたもんじゃなかったが、レイプされるみたいに犯されて、それはそれで最高に気持ちがよかった。

日が昇ったころには停電も復旧しており、私は一旦着替えるために帰宅。朝ごはんは何か買ってくるかと聞けば行きつけのパン屋に買いに行くから大丈夫だと断られてしまった。

そして寝てもいないのに始業時間。
お風呂に入ってメイクをし直し、さっきとは違うスーツに身を包んで出社をすると、七海さんが部長に退職届を出していた。
そんなにも私とセックスするのが嫌だったのか、あんなにもノリノリだったのに。とそれはもうショックだった。

彼がいないオフィス。
蛍光灯は私だけを照らしている。

あの時のことは、彼の中でも、私の中でも、もう、なかったこと。
失恋ってこんな感じだったっけな
涙が流れていたのは、きっと自尊心が傷つけられたからで、恋心ではないはず。