「ぎゃああああ!?ぎッ、ぅ゛、お゛ぁぁああ゛!?」
朝起きて開口一番が悲鳴だなんて人生初である。
「ブッ、ハハハハ!!マジでいい反応!!」
目が覚めて、いつものように真っ先に顔を洗おうと自室を出ようとすると、扉から落ちてきたのは名前も呼びたくないあの茶色い虫、のおもちゃ。起き抜けの鈍い思考の中、全身が危険信号を発して逃げようとするも脳と体の連携がうまくとれずに思いっきり尻もちをついてしまった。普通に痛い。
きっとこの最悪の目覚めを計画した犯人はきちんとドアの外でスタンバっていて、いつものように私を指さして下品に笑っている。
「笑ってんじゃねーぞクソ野郎!」
「うわ、怒ると余計にブスになるぞ。全然怖くねえし」
「まじで殺す!!」
五条悟に勢い余ってお前が嫌いだと言った翌日からいじめが酷くなった。やっぱり悟だって私のこと嫌いなんじゃん、て、あの時は否定されたけど私の中ではほぼ確信に変わってる。いや違うな、もしかしたら本当に嫌いじゃないのかもしれない。私はただ彼のおもちゃになってるだけだ。
「まじで朝からそんなん仕掛ける!?暇なの!?」
「反応するからチョーシのるんだよ」
「分かってるけどムカついてしょうがなくて!」
物を隠されたり、ロッカーに変なもの入れられたり、パックのジュース飲んでたら突然パックを潰されて顔と服がびちゃびちゃになったり、突然椅子を引かれたり。いじめというか、嫌がらせ、イタズラ、そんな類なんだけど、私がいじめって言ったらいじめなんだ。それ以外の何ものでもないんだ。
無視したらいいんだよ、と硝子は言うけど無反応でいられるほど大人でもない。やられたらやり返す精神の私はいつも悟と喧嘩になって、呆気なく負けている。
しかも何故か悟と一緒に行く任務が増え、悟がいるからという理由で私には不相応な案件がよく回ってくる。でも悟は自分ではやる気がないというか、私が一生懸命討伐にあたって死にかけたところで漸く悟の重い腰が上がるのだ。
こればかりはいつか私が死ぬからと夜蛾先生に土下座までして頼みこんだ。善処する、という言葉を私は信用していない。
「ちょっと、触んな!あっち行って!!」
「いや、お前髪ボサボサすぎね?」
「悪かったなどうせ傷んでるよ!お前みてえなさらさら髪じゃねんだわ!」
教室でも席も隣に座ってきて、ちょっかいを出しては揶揄って、その繰り返し。硝子と傑はもう慣れた様子で助けてもくれなくなった。
今も髪の毛を一束とられ、指にくるくる巻かれたり軽く引っ張られたりしている。ウザすぎる。
「ちょっと傑、こいつどうにかしてよ!」
「私がどうこうして改善してるならもうしてるよ」
「それをどうにかするのが傑の役目でしょ!」
「すまない、私では力不足だ」
だめだこいつ。私を助ける気が毛頭ない。たまらず「硝子!」と悟を挟んだ向こう側にいる硝子に声をかけたら「見てて面白いから放置」と言われてしまった。
見てて面白い?悟と傑がクズなのは分かってたけど硝子までそっち側に行ってしまったのかい?もう私はこの空間で唯一孤独なのね。ひどいや皆。
「ていうかなんで今日も悟と任務なのさ」
「そりゃあ、任務は同期同士で組まれることが多いし?」
「私はそもそも危険な任務は行かないし?」
「俺と傑と名前だったら人足りすぎてるし?」
「もうやだ!私京都校に転校する!!」
「ダメ」
「駄目」
「ダメ、絶対」
「やだやだやだ私まだ死にたくないもん!!」
「死なねえように面倒みてやるって」
あんたのせいで死にそーになってるんだが。と言いかけて、こんなこと言ったらまた弱い弱いとバカにされることは分かってるから睨むだけにしてなんとか言いとどまった。
「ケガしたら私が治してあげるから」と硝子に肩を叩かれ、それはすごく安心できるんだけど治るからと言って大ケガしたいわけじゃないんだな。無駄に硝子の呪力消費させる事にもなるしね。
「んじゃ時間だから行くぞ」
「ええ、もうそんな時間??」
「行ってらっしゃーい」
「気をつけるんだよ」
「呪霊よりも隣の男の方がこえーわ」
「ほーお?生意気言いやがる」
「生意気くらい言わせろボケナス」
いい度胸だ、と頭を鷲掴みにされてギリギリと音を立てる。痛い、まじで痛い。やめてと半泣きでお願いしてもやめてくれなくて、さすがに見兼ねた傑が止めに入ってくれた。凹んだ?私の頭蓋骨陥没してない?私生きてる??
「ちっ、傑に色目使ってんじゃねえ」
「使ってないわ!ああ、でも傑が彼氏になってくれたら誰かさんと違ってすごく優しくしてくれるし私を危険から護ってくれるんだろうな〜。誰かさんと違って〜」
「名前、それは良くない」
「あーあ」
「…こ、の泥棒猫!傑は渡さないわよ!!」
「うわ、悟と傑ってデキてたの?それはマジごめん」
「…。」
「…。」
「…。」
「え何この沈黙は」
みんなの反応がよく分かんなくて顔を顰めてしまうけど、なんだか硝子は悟をじとーっとした目つきで見ているし、傑は私のことを呆れた顔して見ている。何なのよこいつら。私わかんない。
「…任務いくぞ、ブス」
「ブスじゃないけど行くよクズ」
「クズじゃねえ雑魚」
「否定できねえ」
雑魚なのは本当に本当のことだから、言い返せずにいるとバチンと頭を叩かれた。「いつまでもお守りできねえからな」と言われて、いやそんなことしてもらわなくてもいいのに、なんて言った日には本当に頭蓋骨が陥没するので口を噤んだ。
◇
「ほんと弱ぇな」
耳鳴りがする。呪霊にぶっ飛ばされて壁に叩きつけられて、多分肋骨は折れていて、息もしづらい。呪霊は悟がさっさと祓ってしまった。くたばっている私を悟が覗き込んで、サングラスから覗く宝石のような目が冷たく私をとらえている。
「肺のあたりいたい」
「折れてんの?」
「多分」
「しゃーねえな」
抱き上げるぞ、とため息混じりに言って、力が入らない体を簡単に悟が抱き抱えた。決して軽くはないと思うんだけど、こういうところは男だ。
悟に抱っこされて落とされないように両腕を首に回して、悟に体重をあずける。少しいい匂いがするところがまた小憎たらしい。
「いたい」
「我慢しろ」
「なんでいっつもケガする前に助けてくれないの?」
「弱っちいからケガすんだろ。人のせいにすんな」
「3級の私に2級が倒せるわけないでしょうが〜」
「しょぼ。いい術式もってんのに宝の持ち腐れじゃん」
「でも来年から補助監督役になるから、もういいのよ」
「は?聞いてねえ」
「言ってないもん」
「なんで」
「アンタにバカにされるのが分かってたから」
しねえよ。と、悟がボソッと呟いた。抱っこされてるおかげで耳元に悟の顔があるからよく聞こえた。
「逃げんなよ」
「逃げになるのこれ?」
「逃げだろ」
「まあ、3級程度の案件なら自分も任務に就くってので先生からも了解得てるから。術師と補助監督の2足の草鞋ってやつよ」
「授業とかどーなんの」
「座学は一緒。実技は一緒だったりそうじゃなかったり、だって」
「…つまんねー」
「虐める相手がいないから?」
そう言うと悟はぴったりと黙ってしまった。図星か。そんな酷いやつと会話なんかこれ以上してやるもんかと私もこれ以上は何も言わない。途中、補助監督と合流して、結構ガタイのいい人だったから私のことを引き受けようとしたけど、悟は硝子のところに着くまでずっと私を抱っこしていた。
これもあれかな、なんかの嫌がらせなんだろうか。うん、だって、こんなに心がそわそわすることはない。私の反応を見てるだけだろう。きっと彼の優しさではない。彼が優しい人だったのなら、毎日毎日しょうもないいじめをするわけないのだから。