04

「悟でーす。おねしゃーす」
「はじめまして傑です。今日はよろしく」

何がどうしてこうなったのか。隣の硝子お姉さんをちらりと横目で見ると、私が見てくるのが分かったんだろう、既に私の顔を見ていてニヤニヤと笑っていた。
これはそうね、嵌められましたね。
私と硝子以外の女の子がもうザワザワしちゃって。他の男の子たちが今日はもう終わったな、て感じの絶望顔で可哀想だ。ちなみに私も絶望顔してる。
中学時代の友だちに必死こいて頼み込んだ合コン。どうせなら色んな学校の奴誘おうぜってことになって、大体30人くらいになった。さすがに15人も男がいれば誰か当たるでしょ、と思ってたけど、もう、なんていうかもう、終わったよ私の合コン。

「硝子がチクったの」
「ん?さあ、あいつらが勝手についてきたんだって」
「私、絶対知られちゃいけないと思って硝子以外には誰にも言わなかったのに!」
「大丈夫大丈夫、男作るんだろ?あの二人気にしてたら乗り遅れるぞ」
「二人とも可愛いね〜、隣いいかな?」

ほら来やがった。さっきまでやり手の女たちに絡みに絡まれてたのに何振り切ってこっち来てんだ。知り合い同士で絡んでてもしょうがねえだろうが。座ってもいいなんて一言も言っていないのに私の両隣には悟と傑。硝子はいつの間にかちゃっかり別の男とトークを楽しんでいた。

「どうして合コンなんて参加しようとしたの?」
「俺というものがありながら大層な身分だなあ」
「いやもうほんと勘弁してください…」
「ええ?何を勘弁すればいいの?俺らに黙ってこんなところに来といて??」
「勘弁してほしいのは私たちの方だよ」

はわわ、悟にがっつり肩組まれてるし傑はニッコニコの顔でこっち見てるし周りの女の目が怖いんじゃ。嫉妬に満ちた顔をしているよ。これは呪いもほいほい生まれますわ。ほら見なさいよ私に構ってる場合じゃないんだって。他のお姫様を相手になさいよそして私を解放しろ。

「なんで急に合コンなんて来たんだい?」
「普通に彼氏が欲しかったからですが」
「あの一級の奴は?」
「え、知ってるよね。絶対知ってるよね。デートおじゃんになってからめちゃくちゃ避けられてるんですわ。なんでこんな丁寧に説明しなきゃいけないの?」
「俺がいるじゃん〜」
「あはは〜、なになに、どこに自分をいじめてる奴を彼氏にする馬鹿がいるんでしょうか〜。とち狂ってんの?」
「ええ?俺こんなに名前のこと好きなのに」
「…は?」
「え、悟?」

急に、悟の声色が変わったと思ったら、悟の手がにゅっと伸びてきて私の髪を撫でた。そして次は頬を、唇を、優しく優しく撫でて、その行為に固まっていると、悟は私の目をうっとりと見つめて、ゆっくりとその顔が近づいてきた。

「悟!」

様子がおかしいことに気がついた傑がすぐに悟を羽交い締めにして止めてくれた。え、え、さっきのなに、なんだったの、ていうか悟どうしたの。ドギマギしながら悟から目線をテーブルへ外すと、悟のグラスがなんか、コーヒー牛乳みたいな、そんなものが入っていることに気がついた。

「待ってなにこれ!?まさかアルコール!?」
「え、私たちそんなの頼んでない…け、ど…、ああ…」

女の子にオーダーまかせちゃった。ぺろ、と舌を出して「やっちゃった♡」みたいな雰囲気出しても可愛くない。こいつが超ド級の下戸野郎だって知っててそんな失態をおかしたのか?どうせ「悟は下戸だからお酒飲めないんだごめんね」とか言ったんだろ。そんなん言われたら悟をでろでろにさせてお持ち帰りしようとする女が出てくるなんて分かってるだろうが!
間違えてコーヒーミルクがきちゃったみたい〜悟くんこれでもいいかなあ〜?とかなんとか言われてほいほい信じてカルアミルク飲んだんだろ!特級様が聞いて呆れるわ!

「名前〜名前〜今日めちゃくちゃ可愛いね。ほんとに可愛い」
「いやいやいやいや勘弁して、ほんと勘弁して、傑、早くこいつをどこか遠くへ」
「なに、まじでおもしれーことになってんじゃん、ウケる」
「硝子!助けれ!!」
「合コンだからそんなにお洒落してんの?やだ、俺だけに見せてよ」

やばい、鳥肌。ぞわぞわする。こんな五条悟私は知らない。
傑の向こうにいる硝子がちゃっかり写メを撮っている。二度とこんなこと繰り返さない為にこの有り様を見せてやりたい気持ちと気の毒な気持ちと両方あるな。酔っ払って嫌いな女口説いてるとか抹消したいだろ、そんな事実。

「好き。名前、すっげえ好き」

どういう酔い方やねん。傑に制止されながらも必死に私に抱きつこうとしている。さすがにかなり目立ってきて、悟が酔っ払っていることに気がついた女子アナ系の巨乳が私たちに近づいてきた。おお、悟の好きそうな女じゃん。ほどよいエロスがたまんねえ女じゃん。いけ、悟。そっちに行くんだ。

「悟くんめっちゃ酔ってるね、大丈夫ぅ?」
「うっせえブス、くせえから消えてくんない?」

oh......
つまり悟は酔っ払ったら美人がブスに見えてブスが美人に見えるってこと?厄介すぎないそれ。せっかく美人がえっろい眼差しで悟を見つめていたのに、顔が引き攣ってわりとやばい顔面になってる。むしろそっちの方が今の悟には受けるかもしれないぞ。がんば。

「このままじゃ名前を犯しかねないな」
「おっっっそろしいこと言わないでくれる!?早く悟どっか連れてけよ!」
「やだ、名前といる。ずっと一緒にいる」
「いや無理だから」
「この五条おもしろすぎ。歌姫先輩に写メ送ろ」
「ほら悟、歌姫先輩に弱味握られちゃうよ?!しっかりしてよ!傑、水!水!!!」
「私コレ離したら名前襲われるよ?」
「わ、私が持ってくる!」
「やだ!名前はずっと俺の隣!」
「服引っ張んじゃねえ!」

ここだけギャーギャーいっててめちゃくちゃ注目の的だ。ええい、要は今こいつ私のことがとんでも美人ちゃんに見えてんだろ?私の事好きになってんだろ?悟の両頬に両手を添えて、じいっと人形みたいに綺麗な瞳を見つめる。悟も大変満足そうに目を細めて、私の手に自分の手を重ねると気持ちよさそうにすり寄ってきた。猫かよ。ちょっと可愛いじゃねえか。

「悟」
「なに、名前」
「私、今から悟の為にお水持ってくるから、少し席離れるけどいいかな?」
「おれのため?」
「そう、悟だけの為だよ」
「おれもいく…」
「待てない子は嫌い」
「っ、やだ…名前に嫌われたくない」
「じゃあ悟、分かるよね?」
「ん…、」

悟の向こうで傑と硝子が必死こいて笑いをこらえている。この珍生物を目の前にそうならない方がおかしいのだ。
私はゆっくり立ち上がると硝子に耳打ちする。「私はこのまま帰る」と。ひでえ女と言われたが明日になればどうせ元通りいつもの生活だ。むしろ硝子が撮った写メ見て自分の痴態に発狂して虐めがより酷くなるかもしれない。アディオスみんな。青春してくれよな。

「名前ちゃん!待って…!」

このまま店を出ようとしたところ、聞き馴染みのない声に呼び止められた。ちゃん付けで呼ばれることに酷い違和感を感じながら振り返ると、さっき自己紹介の時にいた名前も覚えていない男の子が、私を追いかけてきたのか息を少しきらせながら近づいてくる。

「あ、あの…俺、模部っていいます」
「模部くん?どうかした?」
「あの、悟っていう人と付き合ってるの?」
「はは、んなわけ」
「な、なら!俺、名前ちゃんと連絡先…交換したい、です…」

おや。おやおやおや。もしかして今私モテちまってます?悪い気しないね。顔を真っ赤にして私の返事を待つ模部くんにいいよ、と返すと模部くんはすごく嬉しそうな顔して、いそいそ携帯を出した。

「俺、自己紹介の時から名前ちゃんのこと気になってて、でもあの、悟くん?がめちゃくちゃ絡んでたから付き合ってんのかなって…」
「あー、実は一緒の学校なんだよね。嫌がらせだよあんなの。赤外線でいい?」
「だ、大丈夫!」

連絡先交換して、早速向こうからメールが届いて、なんだかいい関係築けそうじゃない?なんて内心鼻の下を伸ばしている。だって中々私のタイプな顔をしている。平凡で、そこら辺にいそうな男の子だけど、正直イケメンは見飽きているし、このくらいが丁度いいんだ。

「今度遊びに行かない!?」
「そうだね。行こうよ」
「やった」

どんな食べ物が好き?とか、日曜日は空いてる?なんて会話しながらどんどんデートの話を進めていく。これはいけるね。地獄だと思っていた合コンもこんな収穫ができるとは。硝子に後で報告しなきゃ、なんてルンルンでスケジュールにデートの予定をいれて携帯から視線を外す。あれ、なんか、模部くんのじゃない影がある。

「なにしてんの」

やっちまった。なぜそこにいる五条悟。さすがの特級様、気配を消すのもお手の物ってか。私、待てない子は嫌いって言ったのに。そうね、嫌われてもいいってことだよね。そういうことでオッケーね。

「俺の名前になにしてんのって聞いてんだけど」
「え…、付き合ってないんじゃなかったの?」
「名前もさあ、まじでなにしてんの?」
「…あー、模部くん、これやばいやつだから逃げて。連絡先も消しといていいから」
「嘘、ついたのか!こっちから声掛けてやったのに、このブス!!」
「あ゛ぁ!?」
「悟だめ!おらぁモブ!いいから早く行けや!!こいつまじでやばいから!!」

この殺気に気付かんとかまじこの非術師!猿!でもさすがに悟のただならぬ様子にビビったのかすたこらさっさと逃げ出した。めちゃくちゃに顔怖い。こんな悟の顔みたことない。基本こいつ本気で怒らないもん。強いから。だって誰も道端の石ころに怒ったりしないでしょ。私たちへの認識ってそれと同じ。だから、

「ねえ、さっきの何?デートの約束してた?」
「痛っ」

こんな怒るなんてこと、絶対にないのに。手首を乱暴に掴まれて、そのまま壁へドンと叩きつけるように追いやられて、ものすごい力で身動きが取れない。ゴリラかよ。傑と硝子は何してんだと悟から視線を外すとよそ見をするなと今度は顎を掴まれる。マジで痛い。

「俺怒るよ?」
「もう怒ってんじゃん」
「俺のこと揶揄って楽しい?」

やばい、やばいやばいやばい。なにがやばいって言うまでもなくこいつ酒のせいでイカれてる。ギッチギチに手首は押さえつけられてるし、傍からみたらイチャついているように見えているかもしれないが何も甘〜い展開ではない。如何せん力がゴリラだから。普通の女の子なら手首壊れてる。

「名前は誰にも渡さねえ」
「えっ、待、ちょっ!」

やめろ!と声を出す前に、悟の顔が近づいて、唇を塞がれた。
これは、なんだ、チューか。チューなのか。どうにも理解ができず混乱しているとぬるりと舌が入ってきた。私の口内で音を立てながら暴れ回っている。
え、なに、なにこれ、どういう状況?なんで私悟にベロチューされてんの?なに?
どれくらい口内を弄ばれたかもはや分からないけど「悟?え!?悟!?え!ええ!?」と傑がのこのこ部屋から出てきて慌てて私たちに駆け寄ると悟を引き剥がしてくれた。ゴリラパワーにはゴリラパワーを。さすが傑。でも遅すぎんのよ。なんせ私の唇ぬっるぬるになってんの。もう手遅れなのよ。

「え、名前、合意…?」
「なわけねえだろ」
「…ダヨネ」

先程の怒りはどこへいったのやら、悟は傑に再び羽交い締めにされてヘラヘラと笑っている。嬉しそうな顔しやがって。

「おい、こいつにもっと酒飲ませるぞ」
「え、これ以上飲んだら…」
「記憶を抹消する。手伝え」

はい…と、傑のいつもの余裕に満ちた表情はない。力なく返事をした傑にふん、と鼻を鳴らして、せっかく荷物も持って上着も着たというのに私は合コン会場へと踵を返したのだった。