身の丈

呪術師って、みんなこんなにおっきいんかな。
ただ霊感が強いだけだと思っていた自分に呪力があると分かって半年。私は中学を卒業し、呪術高等専門学校に進学をした。
きっかけはとある呪術師に勧められて。ずっと自分は幽霊が見える触れる喋れるだけの存在だと思ってて呪力なんてものを意識したことがなかったけれど、そんな体質のせいで孤立していた私を見かねて、似たような人が集まる学校にいた方がいいだろう、と、紹介してくれたのだ。
でも似たような人たちって。
そんなまさか冗談でしょ。

「チビー。コーラ買ってきてー」
「嫌です」
「お使いくらいできるだろーそんなにちっちゃくても高校生なんだから」

このど失礼な男は五条悟。身長190cmはあるらしい。
そして隣で「名前を虐めるな」と五条さんを叱っているのがこれまた身長190cmはあるらしい夏油傑。
そして「おーよしよし、私の可愛い名前」と私をちびっこのように甘やかしてるのが家入硝子。この人も高身長で死ぬほどスタイルがいい。
神様って不公平だよね。
私はと言うと平均以下の身長、のわりには平均並みの体重。ようするに、チンチクリンなのだ。

「チビって電車のつり革持てんの?」
「私の名前はチビじゃありません」
「チビだろ」

五条さんは私のことを小学生かなにかだと思ってるらしく、平気で私のことを虐めてくる。
でも仕方ないとも思う。白い髪に白く長いまつ毛、とても美しい碧眼を持っていて、五条さんはこの世の人間の誰よりも美しい、そんな人だから。
でもその性格で美しさは半減している、非常に勿体ない人だと思う。

「私、夜蛾先生に呼ばれてるので」

これ以上絡まれたら心がズタズタになって私のメンタルが崩壊する。
きっと三人は私のことを可愛がってくれているのだが、四級で弱い私を、小さく頼りない私を、決して対等には見てくれない。

恥ずかしい。

こんな扱いを受けている自分が恥ずかしい。
結局のところ、中学の頃と何が変わったというのだろう。
お化けが見えると怯えて、家族にもクラスメイトにも疎まれていた小学時代。
その噂は中学にもスライドされて不気味な子と影で笑われ物を隠されたりした中学時代。
今は虐められてはないものの、いや、五条さんのあれは虐めか?私はなんとなく、学校に馴染めないでいる。同級生にも敬語を使う始末。
五条さんに意地悪を言われ、夏油さんと家入さんによしよしと慰められる。こんな自分が、恥ずかしい。
夜蛾先生に呼ばれたなんて嘘ついて、高専内にある神社の裏で一人座る。たまに猫とかが通って、可愛いんだ。

「あれー?チビ、夜蛾先生に呼ばれたんじゃないの?」

んでなんで五条さんがここに来ているのだろう。
寄ってきた猫を撫でてしばし癒されていたところ、奴はヤンキー座りでしゃがみ、私と視線の高さを合わして、私の顔を覗き込む。
大男が来たからものだから、猫はそそくさ逃げてしまった。

「なんでいるんですか…」
「いや?夜蛾先生のとこ行くっつってる割には見当違いなところ行ってるから、心配で僕ちゃん追ってきちゃった」

優しいでしょ。と言うけれど、余計なお世話でしかない。
こんなにも腹が立つ人なのに、たちまち視線を合わされるとその整った顔立ちに、照れない人はいるんだろうか。自分でもムカつくけどそれを悟られたくなくてすぐに視線を逸らす。

「私、高専辞めようと思います」
「なんで?」
「身の丈に合わないからです」
「はは、チビだしな。身長足りてないよね〜」
「もうそれでいいです」

話したって無駄だ。私以外の誰も、私と同じ場所には立てない。だから気持ちも分からない。話したところで特にこの人なんかは、理解ができないだろう。

「かっこわる」

どうしてこんなに、言葉の刃を惜しげも無く使えるのか。
泣くものか、涙をこらえ、唇をギュッと噛む。泣くの我慢してるなんてきっとバレバレだと思うけど。

「私は弱いので多分すぐに死にます。死ぬくらいだったら死ぬほどカッコ悪くても生きてる方がマシです」
「でもそれってクソつまんないよね」
「クソつまんないと駄目ですか?」

つまらない人生には意味がありませんか?
そう問うと五条さんは言葉に詰まる、というよりも、面倒くさそうな態度をとった。もうこいつ何言ってもダメだ、そんな感じ。
私もあなたに思っている。あなたには何を言っても無駄だということを。

「じゃ、辞めれば」
「はい、五条さんもお元気で」

立ち上がって、スカートの砂埃を払い五条さんに背を向ける。そのまま挨拶もせずに立ち去ろうとしたら、ぐ、と腕をつかまれ、先に進むことは叶わなくなってしまった。

「まだなにか?」
「お前本当にそれでいいの?」

五条さんの顔は私のことを心配しているような、不審がってるような、なんとも言えない顔をしていた。そんな顔は初めて見たので少し戸惑ってしまったが、すぐにその手を払って、そのまま逃げるように立ち去る。ほどなくして、私は高専を中退した。

あれから2年が経ち、今は通信で高校の授業を受けていて、進学も視野に勉強に励んでいる。
親には遠に見捨てられているし、好きにしてもいいから関わるなと言われた。お金に余裕のある家だったので、小さな単身用マンションを買ってもらい、月々の生活費を貰いながら一人で暮らしている。
あとはときどき街にふらっと出かけては買い物をしたりもするが、友達はいない。ずっと一人きり。
今日も勉強の息抜きに新宿へ出てきていたが、前に見覚えのある白い頭を見つけて思わず踵を返す。
きっとあちらには気づかれていない。大丈夫なはず。私は相変わらず小さいし、この人ごみで見つかることなんてない、そう思っていたのに

「おい!」

あの時のように、腕をつかまれて、振り払おうとしたのに今度はすごい力で掴んでくるものだから、そのまま前のめりになって転びそうになる。それをすかさず支えてくれたので、転けることはなかったんだけど。

「五条さん…お久しぶりです」
「…相変わらずチビだな、お前」

私の名前なんて呼んだことのない五条さん。
私の名前はお前でもチビでもないですよ。とあの時のように答えると、懐かしさで少し目眩がする。

「お変わりないようで安心しました。夏油さんと家入さんもお元気ですか?」

そう言うと五条さんの瞳が揺れ、何かがあったのだと察した。

「お前の言う通りだよ」
「え?」
「死ぬくれえなら、つまんねえ人生送った方がマシだ」

あまりにもらしくない顔をしていたので、そのままあの時みたいに手を払うこともできず、コーヒーでも飲みますか?と近くの喫茶店へきた。
腕を掴まれたまま、私が彼を引くような形で、ただでさえ目立つ五条さんを引き連れているチンチクリンの私を周囲は物珍しそうに見ていた。

「五条さん、コーヒーでいいですか?」
「ココア」
「そんな甘いのいつも飲んでましたっけ」

まあいいや、とカウンターで注文し、先に五条さんを座らせといた席へ運ぶ。そして漸く私も座ると、ふ、と息をつき、ココアを五条さんへ手渡した。

「…お前今何してんの?」
「高校三年生です。受験も控えてます」
「ふーん」

くるくるとティースプーンで生クリームののったココアを混ぜながら、五条さんはあまり興味無さそうな返事をする。
五条さんは?と聞くと話し難そうな感じで、元高専生とは言え部外者だし、そりゃあ言えないことも多いだろうと話を流すことにした。

「私の話をしますね。五条さんに言われた通り、つまらない生活をしてます。一人でずっと勉強して、友達も一人もいません」
「は、だから言っただろ」
「はい。でもやっぱり身の丈に合ってる生活をしているとも思います」
「ずっと一人で生きるのが?」
「そうです。それが私の身の丈です」

小さな私の身の丈。あなたみたいに、大きくはない。
私は私なりに精一杯できることを。それが勉強だったから、幸い国立大を目指せるほどの知識を身につけることができたし、社会人になってからのことなんて分からないけど、また身の丈にあった仕事を見つけて、細々と生きていく。
それでいい。届きもしないのに常に背伸びをして生きていくなんて私には無理だもの。

「五条さん、何があったかは分かりませんが、あなたは私を理解しようとしてはいけません。つまんない人生だ、死んだ方がマシだ、とあなただけはその気持ちを曲げちゃいけないんです」
「…何が言いてえの」
「あなたが常に最強でないと、誰もあなたを追いかけないでしょ」

性格悪いし。と付け加えると五条さんは恥ずかしげもなく大声で笑う。なんだ、余計に目立つからやめて欲しいんだけど。目線だけで少し辺りを見回したら、視界いっぱいに白が広がった。すぐにその白は離れていって、何をされたか理解をしたのはその数秒後。

「これは?身の丈から外れてる?」
「え、え、」
「すげえ面白い顔」

本当におかしそうにくつくつ笑って、五条さんはココアを飲む。
五条悟と、口付けを交わすなんて。
それは、もう完全に私の身の丈からは外れている行為。顔がものすごく熱くなるのを感じて、きっと真っ赤になってるだろうということも安易に想像ができる。
知ろうとするな、とは言ったけど、無理やりキャパオーバーなことをぶっ込んでくるのは、違うでしょ。
動揺してるとそれに乗じて携帯をパクられなにか操作される。折りたたみ式のそれをパチンと閉じ、またすぐに返された。

「じゃ、またな、名前」

そしてさっさと自分は店から出ていってしまい、私は呆然と携帯の電話帳に記された自宅以外の番号を見ていた。
五条さんに初めて呼ばれた名前。
そして誰かに本当に久しぶりに呼んでもらった名前。
そしてもう増えることはないと思っていた電話帳。
色んなことがありすぎてパンクしてしまいそうだ。
まだまだ熱いコーヒーを勢いよく飲み干して、私も店をそそくさと出る。もうそこに五条さんの姿はなかったが、一通、携帯にメールが届いて開いてみると、
【つまんねえだけじゃ嫌だろ】
とそう書かれていた。
確かにな。こうも心を動かされたのは久々のことだった。ドキドキ胸が高鳴って、これが楽しいという感情なのか、嬉しいという感情なのかは定かではなかったけど、ただ単純に、「悪くない」と、そう思った。
私の身の丈は、まだもう少しだけ、伸びそうだ。