とくべつな言葉

「じゃあ、いくよ」

色素の薄い細い髪の毛に、その色と一緒のまつ毛。それになんて小さな顔。
自分から誘っといてなんだけど、その顔に触れるだけで心臓が口から出そうなくらいドキドキしている。
指先でまず、額に触れる。冷たかったのか、少しビクンと彼が肩が跳ねた。ごめんね、というと、相変わらずのおにぎりの具を言葉にして、返事をする。
目を開けて、伏せて、上向いて、と細かい指示に棘はいちいち「しゃけ」と返事をしてくれて、あまりの愛おしさに手が震える。いや、震えてはいけない。失敗は許されないからだ。
今すぐ襲ってやりたい、そんな欲望を抑えながら私が棘に施しているのは、お化粧。いつものノリで「女の子になってみない!?」と提案すると棘が快諾してくれたのだ。意外にやんちゃでノリのいい棘。
最後にリップをつけて、顎をくい、と上げたまま全体像を見る。目の前にいるのは男の子じゃない。美少女だ。

「やだ…、棘、可愛い…」
「おかか」
「好きになっちゃいそう…」
「…ツナ?」

やばい、見蕩れて危うくキスしそうになった。パッと手を離して次に用意したのは、私の制服。
着てみて〜と棘に渡して、私は棘に背を向けて視線を外す。服を脱ぐときの、布が擦れる音がする。やだ、なんかえっちだ。制服臭くないかな、棘は華奢だからサイズは大丈夫だと思うけどピッタリならそれはそれでショックだな、似合うだろうな、可愛いだろうなと色んな感情が暴れながら棘を待つ。

「高菜」
「ぴ!」

大体は邪なことを考えていたので突然棘に肩を叩かれてビクンと大袈裟に驚いてしまった。
急いで振り返ると、もう本当に拝みたいくらいの美少女JKがいて、ていうかもう両手を合わせて拝んでしまった。
棘も棘でスカートの裾を少し摘んでくるりと回ったり、ひらひらさせて、ああ、見える、見えちゃうと気が気ではない。これが俗に言うチラリズム。バカバカしい名称だと思っていたけど今理解した。チラリズム、最高。

「とっ棘!お出かけしよ!お出かけ!!」
「しゃけ」
「わ、私も着替える!!」
「おかか!!」

気が早って棘の目の前で服を脱ぎかけ、棘に止められる。危ない、棘にセクハラを働くところだった。私も棘に後ろを向いてもらって、洗い替え用の制服をもう1着身に纏う。少しだけアレンジの違う、もう一つの方。
すぐに着替えて棘を手を握る。興奮が収まらず、早くこの可愛い棘を有象無象に見せびらかしたいという気持ちがとても強くて、棘を引っ張るように高専の外へ連れ出した。

「棘!クレープ食べよ!」
「棘!プリクラ撮ろう!」
「棘!あのカフェ入ろう!」

興奮してる私に棘は嫌な顔なんて一瞬足りともせず、全部ニコニコして了承してくれる。
映えるという噂のカフェで盛れるアプリで写真を撮って、インスタなんてものはやってはいないから、一、二年生のグループラインにその写真を流す。
パンダから『独特なデートの仕方だな』ってメッセージが飛んできて、そうか、これはデートなのかと急に気恥ずかしくなった。

「ねえ、キミら二人?俺らも丁度二人だし一緒に遊ぼうよ」

無遠慮にカウンター席の隣に座ってきたいかにもな二人組。しかもご丁寧に私と棘を挟むように一人ずつ座ってきたもんだ。
驚いて固まっていると私の隣に座ってきたナンパ男が私の肩に手を回してくる。ぞぞぞ、鳥肌が立って、今すぐこの男をぶちのめしたいところだけど、ここは店内。迷惑をかけるわけにはいかないと、しおらしく「やめてください」と抵抗する。でもそれはその男の狩猟本能を余計に擽ってしまったらしく、「照れちゃって可愛いね」と勘違いも甚だしいことを言われて体を思いっきり引き寄せられそうになったものだからいよいよボコボコにしようかな、なんて思っていたら、

『触るな』

彼の特別なその一言で、その男は私に弾かれるように椅子から転げ落ちて尻もちをついている。棘の隣にいた男も不審そうに、辺りもザワザワしてきたところで私はそそくさとお会計を済ませて棘を連れてその店を逃げるように出た。
まさか一般人に言霊を使うなんて思ってもいなかったから、さすがに軽率なのでは?と怒ろうとしたら、棘がえらく不機嫌そうに口を尖らせていたのでこれまた驚いてしまった。

「と、棘どうしたの?」
「…ツナ」
「お腹痛いの?」
「おかか」
「え、えっと、さっきの男に何かされた?」
「おかか!!」
「え、え、わかんない…ごめん…棘…ごめんね…?」

きっと私が調子に乗りすぎて、棘のことを不快にさせてしまったんだと思う。本当に申し訳なくて、少し涙が滲んできて、でも泣いたりなんかしたら棘にもっと迷惑がかかると思ったから必死でこらえた。
棘にだけは嫌われたくない。どうしたら許して貰えるだろうか。
未だにふくれっ面の棘を見て、どうしようと視線を逸らす。

「本当にごめん、ごめんね…棘…」
「……高菜」

いよいよ涙が溢れそうになって、俯いて顔を見られないようにした。けど棘がそれを許してくれなくて、私の顎を持ち上げて私と視線を合わせようとしてくる。
なんでそんなに怒ってるの棘。おかかや高菜じゃわかんない。
棘と目が合ったことによって瞳に溜まっていた涙のダムが決壊してほろほろ流れはじめた。棘はそれを優しい手つきで掬いとって、きっとマスカラも一緒に流れ落ちているだろうに、丁寧に、綺麗な細く長いその指で拭っていく。

「…ツナマヨ」
「もう怒ってない…?」
「しゃけ」
「…、本当に?」
「しゃけ」

多分優しい嘘だと思うけど、どうやら許してくれたみたいだ。棘は女の涙に弱いのかな。
お化粧をされてより一層綺麗で色っぽい顔がじっと私を見ている。私とは大違いな、本当に整った顔。私なんてばっちりお化粧しないとあなたの前にも出られない。と思っていたところで気がつく。私、多分アイメイクぼろぼろだ。

「と、棘…、私、メイク直してくる」
「おかか」
「えっ、ちょ」

顔を隠しながらその場を速やかに去ろうとして、棘に腕を掴まれて阻止される。なんだと思いきや、そのままあっという間に引き寄せられてなぜか今私は棘の腕の中にいる。
棘の腕の中に、いる。

「ととととと棘!?こ、これは一体」
「明太子」
「め、明太子ですか!明太子なんですね!!」

よく分かんないけど明太子らしい。誰かこの美少年に超一級品の明太子を!!なんて思うくらいには頭がバグっている。棘の腕の中でテンパっていると、耳元に顔を近づけられて、棘は笑っているのだろうか、ふっと息を吐いて、その吐息が耳にかかってまたテンパる。
なにこれ、超恥ずかしい、超恥ずかしいです棘さん。

「高菜〜」
「と、棘さん、わ、私を弄んでた、楽しいですか」
「しゃけ」
「しゃけですかあ!」

それはよかったです!とこれ以上は私のメンタルがもたないと無理やりその中から抜け出そうとするけど、さすが男の子、力に押され負けて抜け出せない。ああ、どうしよう、どうしよう、もうこれ以上は頭が沸騰してしまう。

『名前、可愛い』

耳元で囁かれたその言葉で、私はついに腰が砕けてしまった。へろへろになってる私を棘はいとも簡単に抱き上げて、所謂お姫様抱っこという形で私を運んでいく。
周りに不思議そうに見られているのと、棘がこんなに近くにいるのがたまらなく恥ずかしくて、私は終始顔を隠していた。

「あれ、名前先輩と棘先輩なにしてん」
「馬鹿!声かけるやつがあるか!!」

途中、聞き覚えのある声が聞こえてバッと顔を上げると後輩三人組がいて、虎杖くん以外二人は非常に気まずそうな視線を向けられて、これ以上ないほどの羞恥が襲って、ああ、もう無理、もう無理だと思ってたら、

「ツナマヨ」

抱っこされた状態でまた顔を引き寄せられて、棘の頬っぺたと私の頬っぺたがくっついた。
一年生の顔がみるみる赤くなっている。私に関してはもうゆでダコだ。
悪ノリが過ぎるよ棘くん。
結局、高専に帰ってからは、パンダに死ぬほどいじられ、虎杖くんには付き合ってるのかどうかとか根掘り葉掘り聞かれて、肝心の棘は「しゃけ」しか言わないしつまりそれは色々な質問に対して肯定を示しているわけで、私たちまだお付き合いもなにもしてないよと言いかけたら、

『すき』

とみんながいる目の前で告白を受け、私は本当に頭が沸騰して倒れてしまった。あとから聞くと、鼻血を出しながら倒れたらしい。のぼせて鼻血流しながら倒れるこんな女でいいのか棘。と思ったけど、あれから棘は私にべたべたの甘々で、本当に私のことが好きなんだってすごくよく実感するから、多分こんな女でいいんだと思う。
私は、なぜか女装をしている棘に告白されるという奇想天外な経験をしたのだった。

じゅじゅさんぽみて棘のスカートをめくりたいという欲望がとまらなくて生みだされた話