Caligula - よく晴れた午後のこと、リィンは放課後の校内をぐるぐるうろうろと歩き回っていた。
どこで行き倒れているのか分からないクロウを探して。
技術棟にいればそのうち現れるかなと思う反面、クロウのことだからどこかでいつまでもだらだらと寝るだけ寝て日が暮れた頃になって流石にさみーとか言って目を覚まして、いろんなところに顔を出しかねない。いや、別に約束とかしてないんだけど。
この頃一緒にいる時間が多すぎてそれが当たり前になってしまった。居心地が悪いのだ。ということで仕方なく。リィンはクロウの姿を探して校内をぐるぐるうろうろと歩き回っているのだった。
「保健室にもいなかったし教室にも戻ってなかったし、あと他にいるとしたら……どこだろう」
顎に右手の人差し指と親指を当てて首を傾げながらぶつぶつとぼやきながら、ふと視線をやった窓の外。
グラウンドが目に入った瞬間に何故かピンときた。
「……クロウセンサー?」
これはまさか、と思わず呟いて。
ピンときた理由がはっきりしないまま、それでもなんとなくそうだろうな多分当たってるんだろうなと半ば確信しながら、リィンは軽く伸び上がってグラウンドの奥の方を眺める。すると。
「……なんで分かったんだろ、俺」
ただ見ただけでは視界に入らないような奥のそのまた奥の方の芝生の上に、探していた相手が転がっているのが目に入る。自分の感覚ながら信じられない気持ちで呟いて。リィンは、その相手に足を向けた。
姿を見付けたその場所に向かってみると、日当たりの良いグラウンドの木立の狭間に、先ほど目にした格好から寸分たがわず同じ姿勢のままでだらっと眠りこけているクロウを見つけた。確かにここはぽかぽかと陽当たりもよく心地よいけれど、それにしたってくつろぎ過ぎだ。
「クロウ、いつからそうしているんだ」
あまりにも深く寝入っている姿に、掛ける声音が思わず呆れる。
居眠りというかこれではまるで冬眠だ。季節は晩夏だが。
さくさくと芝生を踏んで近づいて、寝転がるクロウまでもうあと五歩という距離まで来たところで。
唐突にクロウの脇で、もそ、と小さな白いモノが蠢いた。
「!」
急なことに驚いて、びく、と思わず足を止める。クロウに気を取られていて、気配を察知していなかった。
様子を伺ってみると、クロウの体の向こう側で小さな頭がひょこりと上がった。
同時にこちらに向けられたくるくるの大きな目と、息をつめて動きを止めているリィンの目とがばちりと合う。
「あ」
白いモノの正体は猫。
学内で偶に見かける、なかなか美人な猫である。セリーヌと共に見かけることもあるが、どうやら今日の仲間はクロウのようだ。
その猫と目が合ったまま目を反らせないままじりじりと数秒間、ええとと困惑しながらリィンが固まっていると。
「…………」
気まぐれのようにふいとあちらから目を逸らされた。
そうして猫は身をかがめて、居心地の良い場所を確かめるようにすりすりとクロウの首筋のあたりに頭を擦り付けてから、体を丸めてまた寝てしまう。
「…………」
その仕草を見ていたら、胸の内でなにかがもやっとした。
説明のつかないそのもやにリィンは無意識に顔をしかめる。
なんだろうかこの感覚は。
「…………」
まるで、ヤキモチでも焼いているようではないか。
でも猫を相手にヤキモチなんておかしいし、クロウに対してヤキモチなんてそれはそれでおかしい気がする。
だってクロウは友達だ。
独り占めを主張するような相手ではない……はずだ、けれども。
「…………」
確かに、この頃クロウの隣にいるのはいつだってリィンだった。
リィンはそう思っているし多分、クロウもそう思ってくれて……いればいいなと思う。
「…………」
だ、だって悪友だし!そうだ、悪友なんだから一番近くにいたいと思うのはおかしくないはずだ!…たぶん。
だからといって猫を相手にヤキモチってのはどうなんだろうというもうひとつ問題点にはあえて触れずに見て見ぬ振りをしておいて。
リィンはすました顔でクロウに近付くと、猫が寝ているのとは逆側の隣に腰を下ろした。
「…………」
なんだか横顔に猫の視線を感じるような気がするけれどもあえて見返すことはせずに。
クロウと体を並べるようにして、よいしょと芝生に寝転がる。
そうして先ほどの猫の仕草を真似るように、すりとクロウの肩口に額を押し当ててから。
「ええと……おやすみなさい」
まるで対抗するみたいな行動を、当の猫に興味深げに見られているのがさすがに少し恥ずかしい。
若干頬を熱くしながら、独り言みたいに早口で言ってリィンは目を閉じた。
ほてった頬に感じる日差しは晩夏のものとはいえ穏やかで、次の季節を感じさせる風はそよそよと丁度涼しく心地よい。
ああそういえば昨日の夜は気になっていた本を読み終えるタイミングを見失ってしまって夜更かしをしたんだっけ、と……思う側からリィンの意識は、早々に遠のいていった。
間もなく隣からすよすよと平和な寝息を聞かされて、いい加減我慢ができなくなったクロウが目を開ける。
「ちょっと、おい……」
まさかこんなにも瞬殺で寝られるとは思っていなかった。
クロウが寝ていると思い込んでいるせいか、リィンが繰り出してくる行動がなんだか可愛くて、いや俺起きてるぞというタイミングを逃していた訳だが。
両サイドで眠る温もりに挟まれてすっかり身動きが取れなくなってしまったこの状況。
自業自得というのだろうか、これは。
肩凝りそうだなと思いながらも右も左も起こしてはいけないような起こしたくはないような気持ちで、クロウはひとつ息をつく。
「つーか……」
リィンが寝入ってしまう前。
肩口にぐりぐりと擦り寄せられてきた額は、その直前に猫にされたのと同じ動きだった。
「なんだあれ、まさかヤキモチ?」
猫に?と、問いかけようにもリィンはすっかり寝ている。
なあリィン、と。
肩に触れているリィンの頭に、すりと頬を擦り寄せて小声で問いかけてみると。
「ん………、クロウ…」
応えるみたいに、もぞもぞと寝言の調子で呟いたリィンが、ひどく幸せそうな寝顔のままその頬をクロウの腕に擦り寄せてきた。
「……………」
なにこれ拷問?と、かろうじて動かせる猫側の右手の指先を額に押し当てて、真顔で近代史を思い出そうとしながらクロウが唸るのを尻目に、左右では変わらない平和な寝息が紡がれている。
「……あー」
ほんのりと触れるくすぐったいような温もりを感じる。
ざわざわと忙しない心身をどうにかこうにか落ち着けて。
日暮れまでもう少しだけ。
川の字になってもうひと眠り。
この何気ない幸せを噛みしめて。
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