Caligula
親友とその悪友が皇族専属の双騎士となって早3年。
今までの歴史を変えることは難しいが、それでもゆっくりとこの帝国は姿を変えていっている。兄の言う通り、数年後にはもう"貴族"というものは形としては無くなるのではないだろうか。


ワインの入ったグラスを受け取り、ユーシスはいつも通りの定位置へと向かった。
四大名門としての威厳を失い、捕えられた父と宰相の元についた兄がいなくなった巨大な領地を守ろうとする青年。庶子の子が、などと陰で叩かれた日も数多い。しかし、真摯に己の役割に向き合い前に進もうとする若き領主に、領民も貴族も次第に彼を認めるようになっていった。今やユーシス・アルバレアは立派なクロイツェン州の領主である。


「久しぶりだな、ユーシス」
「ラウラこそ。相変わらず修行に励んでいると聞くぞ」


定位置とは、アルゼイド家の一人娘、ラウラ・S・アルゼイドの隣である。
お互い、立場をとっても存在感をとっても目立ちすぎる。しかもこういった舞踏会ではひとりで佇んでいると、格好の餌食となってしまうのだ。以前に偶然にもふたり、隣どうしで昔の思い出話に花を咲かせていると、ダンスに誘われるということがなかった。もしやと思い次の機会にも試してみると、どうやらお互いに迫力がありすぎて、並の相手では務まらないと思われたらしい。ユーシスは寄ってくる女たちから、ラウラは烈々に慕ってくる女と男からそれぞれを牽制出来て好都合だ。しかもお互い知り尽くしている相手となればなおさら。
今日の舞踏会もいつもと同じくラウラと共に、相変わらず振り回されている親友と、振り回しているその悪友と皇女殿下を眺めていた。





「む…?」
「…どうした、ラウラ」
「いや、あそこに人だかりが…いや、ダンスを誘おうと男たちが群がっているのか…?」


ラウラの視線の先と辿ると、そこには数人の男が壁際の花と化した少女をダンスに誘おうと躍起になっている姿があった。なんともまあ醜い争いである。壁際の少女は少し怯えた様子でじりじりと後退していた。青色の髪はふんわり巻かれて腰まで長く伸び、水色のドレスはとても似合っていて、一瞬にして目を奪われる、そんな美少女であった。今回が社交界デビューなのだろうか。最初がこれではトラウマとなってしまってもおかしくない。男子貴族に人気のエリゼ・シュバルツァ−は相変わらずシスコンである兄が目を光らせているし、ラウラにも自分が隣にいて声をかけずらい。だからといって向こうに見えているマルガリータに声をかけるわけにもいかず…という具合なのだろう。

憐れみの視線を彼女に向けると、その青色の瞳と目があった。その瞬間、彼女に安堵の表情が浮かぶ。こちらを見つめる美しい瞳。しかし淑女というにはいささか元気過ぎる気が……




「ユーシス」
「あぁ、なぜあのガキがここにいるんだ」
「しかしもう16のはずだぞ?」
「あいつは貴族ではないであろう」
「鉄血の子供達だからな、潜入とも取れる」
「潜入なのに目立ってどうする…」



頭が痛い。
そうしている間にも彼女を狙う輩の包囲網は小さくなってきているし、元気が取り柄のハツラツ娘も流石に困ってしまっているようだ。このままだと最終兵器を呼ぶ可能性がある。しばらく会っていないとはいえ、昔の彼女は何かあればとりあえずぶっ壊したらいいという考えを持っていた。それを実行されたらこちらが困る。ユーシスはため息を零すと輪へと足を進めた。





「びっくりしたよ〜!もうガーちゃん呼ぼうと思ったもん!!」
「やはりか…、それよりなぜ貴様はここにいる…それにいい加減離れろ」
「しかしミリアム。会わない間に随分大人っぽくなったな」
「えへへ、そう?セーチョーキだもんね!」
「ええい話を聞け!」



男たちにターゲットにされていたのは信じがたいことにミリアムであった。
あれから。彼女を囲っていた男どもを退け、ユーシスは彼女をダンスに誘った。黙っていればお淑やかな美少女も、にぱっと笑えば台無しだ。周りの男どももさすがにユーシス相手に何かが出来る訳がない。すごすごと立ち去って行った。
ミリアムに足を踏まれながらもなんとか一曲踊り切ったユーシスは、そのまま彼女の手を引いてバルコニーに出た。外は静かに風が凪いでいて周りには誰もいない。それを遠目に確認したラウラもやってきた。ミリアムは外に出て窮屈な空気から解放された途端、昔のようにユーシスの腰に引っ付き、そのままだ。



「ミリアム。これは潜入なのか?」
「ううん、違うよ?オジサンにユーシスとラウラに会いたいから行きたい!って言ったらオッケーくれて、レクターが色々手配してくれたの。ニシシッ、マキアスが卒倒しそうになってたよ!」
「はぁ…」


どうやらこの茶番に、政治家を目指している真面目な元クラスメイトも巻き込まれているらしい。
引き離そうとするのを諦めて、ユーシスは腰に抱き付いてくる子供に目を向けた。
背が伸びた。髪も伸びた。子供らしさが抜けて、女性のつくりへと変わっていく。妹、というより娘の成長を見ているようだ。兄もこのような感情を自分に抱いていたのだろうか。
昔のようにミリアムの頭を撫でようと手を持ち上げると、対象はするりと腰から離れていった。


「…………」
「ラウラー!!久しぶりっ」
「あぁ、久しぶりだな」


ミリアムは水色のドレスを翻して今度はラウラに抱き付いた。にこにこと上機嫌にラウラに頬ずりしている。ユーシスは宙に浮かんだままの自分の右手を見つめ、ぎこちなく降ろした。


「フィーやサラにもこの前やっと会えたんだー!だから、あとはラウラとユーシスだったの!」
「そうか。確かに修行に出ていることが多い私や領主のユーシスには中々会えないからな」
「うん!」


ふたりのそんな会話を聞き流しながら、ユーシスはバルコニーに凭れて館から見える夜景に視線をうつした。導力でぼんやりと光る夜景と空に瞬く星を見る。ノルドで見たあの星空には遠く及ばないが、それでもあの頃から夜空を見上げることが多くなったのは事実だ。


「名残惜しいが、私はそろそろ戻る。先ほどダンスの相手の誘いを断ってしまったからな」
「そっか。うん、またあとでね!」
「あぁ。ユーシス、ミリアムを頼むぞ」
「分かっている」


ラウラが戻り、ふたりきりになったバルコニーに静寂が訪れる。
すると腰にまたドン、という衝撃が走り、バルコニーに押し付けられたユーシスは小さく呻き声を上げてしまった。眉に皺を寄せながら下を見ると、また腰に纏わりついているミリアムを捉える。ぎゅう、と抱きしめられてユーシスは若干戸惑った。ミリアムは言葉を発さない。


「どうした…?」
「ううん…………やっぱり、ユーシスに抱き付くのが一番落ち着くと思ってさ」
「………」


ミリアムが顔を上げる。月に照らされた青色の瞳を見つめて、ユーシスは先ほど出来なかった、ミリアムを頭を撫でた。少し驚いたように目を見開いた彼女は、すぐに嬉しそうに目を細めて、より一層強く彼に抱き付いた。
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