※アリスifの後の話
※潜が出てくるのは最後のみ
※凪と琉衣メイン


 不思議の国は崩壊した。
 空から大きな金平糖が降ってきて、世界の裂け目に飛び込んで、全員がばらばらになった。
 そういえばアリスの大切なものってなんだったんだろう。チェシャ猫の立場も最後までよくわからなかったな。

「ねえ女王様、どこにいるの」

 イエス、ノー、イエス、ノー。
 薔薇の花びらは残り四枚。また、ノー。

 
 ***


「赤い薔薇の入荷は来週なんだ。たまには白い薔薇なんてどう?」
 
 店先の花の中に薔薇がなくなっていて、どうしてないんだろうと立ち尽くす私に中から出てきたなぎが言った。奥では苦虫を嚙み潰したような顔のりゅういがお茶を飲んでいる。つい昨日、大口の注文で赤い薔薇はなくなってしまったらしい。
 
「ごめんね、もっとたくさん取り寄せておけばよかった」
「いいの。いっつもノーだから」
「……気を落とさないで。俺たちが会えたなら、きっとアリスも女王様も、いるはずだから」
「薔薇を買うのはこれで何本目だよ。そろそろ諦めたらどうだ」

 世界の崩壊後、なぎとりゅういに出会ったのはすぐのことだった。
 目が覚めるとそこはいつもの自室だった。「不思議の国のアリス」の絵本が不自然に最後のページだけちぎれていて、私は金平糖の入った小瓶を握り締めていた。もしかして私達ってみんな同じ夢を見ていたのかな。じゃあ、どこかで会えたりするのかな。突飛な考えだとわかっていたのに、いてもたってもいられなくて家の近くのお花屋さんに駆け出した。前にも来たことがあるいつものお花屋さんに、そこになぎはいた。
 唖然とする私達の後ろからマッドハッター——りゅういも現れるのだから驚いたものだ。りゅういは「うげ」と一言だけ零して、胸元の御守りを握りしめた。

「なんでお前がいんだよ。てことはあれか? 女王様もいるってか。もう半身を奪われるのはごめんだぜ」
「ちょっとりゅうい。彼女は……」
「理解できないね。あれのどこが良いんだよ。暴君じゃねえか」
「女王様も、いるの?」

 なぎとりゅういが、同時に私を見る。あまりにも同時だったから、二人って世界が変わってもマブダチなんだね、と言いたかったけど喧嘩になりそうだったから言わなかった。

「花占い、本当に効果ある?」
「本来ならただのお遊びだけどな。半身のまじないは本物だ」

 女王様がいるかどうか、簡単に調べる方法。
 りゅういの大切な半身は予言ができる人だそうで、ちょっと力を貸してもらった。なぎからいろんな種類の赤い薔薇を買って、一日一本、花弁をちぎった。

 イエス。ノー。イエス。ノー。

 何本目だっけ。小さなまじないだから、本来の確定されている予言とは違って、未来が変わることもあるとりゅういは言った。だから毎日、欠かさず、赤い薔薇をちぎった。
 変わることもあれば、変わらないこともある。薔薇は高いからと、なぎはいつもおまけをしてくれた。まじないをかけるためにりゅういも花屋に来るようになった。お砂糖たっぷりのミルクティーと、持ち寄ったお菓子でパーティーをする。世界が変わればこんなにも平和なのだと思うたび、女王様のいない世界が肯定されているようで気が狂いそうだった。

「じゃーん、赤い油性ペン。白い薔薇がお気に召さないなら、塗るのはどう?」
「花屋と思えねえ発言だな……」
「ふふ、いいね。思い出すね、不思議の国」

 もうこれで最後の一本にしよう。生花に油性ペンってちょっと罪悪感があるけど、これ一回きりだから、許してもらおう。
 反乱軍が勝ったのだから、次の世界で女王様が淘汰されていても、おかしくはない。油性ペン特有のツンとした匂いで目頭が熱くなった。やけに彩度の高い、目に痛い薔薇ができた。ミルクティーを飲みながら乾くのを待って、一枚ずつちぎってく。

 イエス。ノー。イエス。ノー。

「この薔薇、花弁の枚数が多いんだね」
「薔薇っていろんな種類があるんだ。これは花弁が多いタイプ」

 イエス。ノー。

「花弁が多い方が豪華な感じするな」
「お、流石マブ。わかってるね」
「誰がマブだ」

 ノー。

「……どうしよう、なぎ、りゅうい」

 イエス。

「号外! 号外!! 危険思想犯が釈放されたぞ!」

 顔を見合わせた。息が苦しい。店先がざわざわと騒がしくなって、人だかりができている。
 りゅういが席を立った。人だかりに向かってから戻ってくるまで、花弁一枚になった油性ペンの薔薇を見つめた。

「おい! これ」

 大きな紙面に、どんと顔写真が載っている。よく見知った、ずっと近くで見ていた、あの顔が。
 
「ま、待って、昨日の薔薇の大口注文のお客さん、明日はくぐり様のお祝いだって……」
「なぎ! どこに届けたの!? 私のこと連れてって!」
「おい待て、こいつこっちの世界でも危険思想犯とかなんとか危ないやつじゃねえか! やめとけって!」
「ごめんりゅうい、今は彼女に味方する……!」

 ヘルメットを被せられて、生まれて初めてバイクに乗った。りゅういは舌打ちをしていたけど、それ以上私たちを止めようとはしなかった。
 どこだろう。神聖な場所。赤い薔薇を持って、どこか見たことのあるような人たちが、私の姿を見て道を開ける。
 玉座に腰掛けているのは、あの。

「ようやく会えたね。迷子の子羊」

 女王様。くぐり様。
 最後の一匹まで見捨てない。その胸に飛び込むと、わっと薔薇の花弁が舞った。

 めでたしめでたし。

2026/09/19

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