ぱち、と目が覚めた。何か悲しい夢を見ていたような気がするけれど、すっかり思い出せなくなっている。
 昨夜は甘くて、そして穏やかな夜だったと思う。キスをして、少し触れ合って、心地良い身体のだるさを感じながら、眠る。
 スッキリとした目覚めで、特に疲労も気怠さもない。素肌に残った赤い痕はお互いに一つだけ。特に代わり映えのない、いつも通りの朝だった。

「樹帆ー? ……まだ寝てる?」
「ん……ん、おはよう……」
「ココア作ってるね」

 今日は何も予定がないからか、それともスッキリしているのは私だけなのか、樹帆はぼやぼや薄く目を開いたあと、寝返りを打ってしまった。
 並んでいるスリッパの、少し小さいピンクの方を履く。
 今日はどんなココアにしよう。生クリーム、バター、スパイス、エスプレッソ……甘い気分かもしれない。生クリームに、蜂蜜を好きなだけ入れてしまおうか。
 流行りの曲を適当に口ずさみながら、時折パタンとステップを踏む。ふつふつと沸きそうになっているミルクを見て慌てて止めた。少しずつココアの粉を溶かし入れる。本当は予め練っておいた方が良いけれど、ちょっとくらい横着してもバレやしまい。

「ふぁ……おはよう、良い匂い」
 
 小さく欠伸をしながら樹帆が歩み寄ってくる。小鍋を覗き込みながら、するりとお腹に腕が回った。

「今日は蜂蜜の気分だな」
「樹帆も? 私も蜂蜜がいいなって思ってたよ」

 ちゅ、とほっぺたに唇が触れてくすくす笑い合う。戸棚からお揃いのマグカップを取り出して、ゆっくり同じ分だけココアを注ぐ。余ったのはおかわりしても、朝食のホットケーキに混ぜるのも良いかもしれない。
 とろとろ蜂蜜を好きなだけ。多すぎない? と笑いながら止める手を絡めながら、ココアをかき混ぜる。
 かけ混ぜたスプーンでそのまま一口、飲み物にしては少ないその一口を含んだ途端、樹帆が笑うのをやめた。
 
「……粉、そのまま入れたんだ」
「なんでわかるの!」
「誤魔化せると思った?」

 試しにマグカップに口をつけてみても違いがわからない。いつもよりコクがあって、優しい甘さがふわっと広がることくらい。
 小首を傾げる私に、樹帆はまた笑い始める。肩を揺らしてココアが波打った。

「ね、明日は樹帆が作ってよ」
「いいよ。隠し味は何が良い?」
「先に言っちゃったら隠し味って言わない」

 それもそうだね、と樹帆は小指を出した。

「とびきり美味しいの作ってあげる。約束」
 
 こんな朝が、毎日続いたら良い。ココア味のキスをした。

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