「っくちゅん」
「お、可愛いくしゃみ。心のアルバムに保存しときました」
「……忘れてください」
寝起きで油断した。私も吏来さんも各々朝の身支度をしていて、ぼんやりした頭は今なら大丈夫だと思ったのだ。背後から近付いていた吏来さんにまったく気づかずに。
忘れてくれないんだろうなあ、とは思ったが、まあ今回はぶえっくしゅーんみたいなくしゃみじゃなかったので良しとしよう。吏来さんは、私の人間らしい部分をとても欲しがるけど、可愛いところだけ見ていてほしいというのが乙女心というものだ。
「朝は少し冷えるね。コーンスープとトマトスープ、どっちにする?」
「吏来さんと同じほう」
「なにそれ可愛い。じゃあ俺も今日はコーヒーやめてなまえちゃんと同じ白湯にしようかな」
本当はどっちでもいいやと思っただけなんだけど、喜んでくれたので嬉しい。見るからに頭の周りに音符が飛んだ様子で、吏来さんはケトルに火をかけた。
ふつふつ、ぽこぽこ、揃いのマグカップとスープカップを取り出して、沸き始めた水音をBGMに意味もなく寄り添い合う。一人でできることを二人でする。じゃあ今度は二人でしかできないことをしたいな、顔をあげると吏来さんと目が合って、自然と唇が触れ合う。
火を止めて、四つのカップに湯を注いだ。ふと、コンロ周りに並んだ調味料たちに目が行って、そういえば言ったことなかったなと口を開いた。
「私、自宅だと白湯に蜂蜜入れてるんですよ」
「えっ、初耳。もっと早く言ってよ」
吏来さんの長い腕が蜂蜜のボトルをとった。たまにレモンもいれたりするんだけど、それは冷蔵庫見た感じなかったのでもうちょっと隠しておくことにする。
「いつもどれくらい入れるの?」
「吏来さんの愛情くらい」
「だめだめ、溢れちゃうから」
「ふふ、適当だけど大匙一杯くらい、ですかね」
少し冷えてきて粘度の増した蜂蜜がとろんと伸びて、それからぽちゃんとカップに落ちた。
吏来さんは丁寧にティースプーンでカップを混ぜ始めたけど、私なら横着してスープ用のスプーンでかき混ぜちゃうこととか、まだ隠しておきたいな。
「まだまだなまえちゃんについて知らないことがたくさんあるなあ」
しみじみ呟いた吏来さんは、暗に私にもっと教えてと言っているんだろうけど、まだ全部は教えてあげないんだ。
2026/09/28
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