※交際済

 手作りは気持ち悪いかも、と学生でも手に入る価格帯のチョコレートを買った先週末。私はまだ知らないのだ。壱川くんが、甘いモノは苦手だということを。

「おっ、壱川チョコ貰ってんじゃん」
「いいな〜彼女持ち」

 放課後、やっぱり数学の教科書を持って帰ろうと教室に踵を返して、扉を開けようと手をかけたその時。おそらくチョコを貰えなかったのだろう男の子と、壱川くんが楽しそうに話している。
 付き合ってる、のは。知ってる人は知ってるだろうし、あまり関わりのないクラスメイトなら知らないだろう。今いる男の子たちは、きっととっくに知っている。

「いる?」

 ――え?

「え、なんで。せっかく貰ったのに」
「そうなんだけど。俺チョコ食わないから」

 思わず駆け出した。思い切り扉に足をぶつけてガタンと大きな音が鳴る。後ろで男の子たちの声が聞こえたけれど無視をした。
 嫌いなんだ、チョコレート。食べられないんだ。知らなかった。聞かなかった。バレンタインは当然恋人の華やかなイベントごとで、当たり前に喜んでもらえると思っていたから。

「みょうじ!!」

 息を切らした壱川くんが腕を掴んだ。男の子たちはついてきてないみたいだった。

「ごめんっ……はぁ、待って」
「え、あ、大丈夫……?」

 遠くで野球部の掛け声が聞こえる。西日が私たちを照らして、長い影ができていた。

「チョコありがと。……けど、食べられない」
「うん……ごめんね。知らなかったから」
「俺も言ってなかったし。だから今言っとく」

 息を整えた春日くんが、頬を赤くする。

「来年は、甘くないやつがいい」
「……来年?」
「そう、来年」

 空調の届かない、寒い廊下。片手を取られて、壱川くんがコートも着ずに走ってきたのだと顔を上げる。ひんやりと冷たい指先が、遠慮がちに私の指を掴んで離さない。
 また来年も、一緒にいられるのかな。受け取ってくれるの?

「今度は、誰にもあげないでね」

 ちゃんと独り占めしてね。壱川くんが頷いて、影がひとつになった。

2026.02.15

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