「なまえー、俺にもみかんむいて」

 ソファの背もたれの向こう側から、春日くんが手を振った。
 土曜の午後、昼下がり。すっかりおひるごはんも後片付けも終わって、各々のひとときを過ごす時間。無意味についているテレビを流し見しながら、カウンターのみかんのヘタに爪を立てたその時だった。きっとじゅわりと溢れたみかんの香りに、旦那様もつられてしまったのだろう。

「出血大サービス、薄皮もむいてあげる」
「まじ?」

 きれいにむいたみかんを小皿にのせて、ソファの前に回り込む。春日くんのおなかの上には、丸まってすぴすぴ寝息をたてているおこげ。みかんをつまむ前に、こっそりとおこげさんのふわふわのおなかへ人差し指をぷすりと忍ばせても、無反応で起きる気配がない。これはなかなか春日くんも動けないだろうな。

「はい、あーん」
「や、手は塞がってないから」

 スマホを置いた春日くんが、私のつまんだみかんを無視して小皿に手を伸ばす。こんな絶好のいちゃいちゃタイムをみすみす見逃すわけにはいかない。すかさず小皿をさらって遠ざけると、春日くんは力なく笑った。

「自分で食える」
「じゃもういっこみかん持ってくるから、自分でむいて食べてね」
「やだめんどい。ごめんて」

 つやつやの果肉をひとつ自分のお口へ放り込む。うん、美味しい。
 本当にもうもらえないと思ったのか、春日くんはまるでおこげにするように、私の顎先を指でくすぐる。思わずふふ、と笑みをこぼすと、春日くんもうれしそうに笑った。

「ちょうだい。あ、」
「しょうがないなあ。あーん」

 こんな甘酸っぱい日々が、これからも続いたらいいな。

2025.10.22

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