両想いになって、付き合い始めて、何が変わったかと言えば互いの呼び方くらいなものだった。なまえ、精市くん。高校生になって、なまえは帰宅部のまま、俺はテニス部のまま変わることもなく。他に変わったことといえば、なまえが部活を見に来るようになったことだろうか。

「精市、迎えに来てるぞ」
「ああ、なまえ、今日も来てくれたんだ」
「あまり連絡を取らないんだな。恋人としては珍しい」

 柳の言うとおりだと思う。俺たちはあまり連絡を取らない。というのも、なまえは人と深く関わることがあまり好きではないからだ。それは恋人になっても変わらない。中学の時に浮いていると感じたのはそのせいだろう。誰とでも仲は良いが、誰とも特別に親しいわけではない。ひとつ言えるのは、違う高校に行ってしまったという友達だけは、とても親しいということだ。

「柳さ、なまえのことどれくらい知ってる?」
「クラスが違うからな。最低限のことしか知らない」

 そういえばそうだ。
 なまえと俺は、高校に入りクラスが離れてしまった。テニス部のメンバーとも被っていないようで、彼女のクラスでの情報は何もない。たまに廊下ですれ違う時、大体が誰かに囲まれているから誰とでも仲が良いのは変わらないのだろう。
 すれ違いざまにほんの少し目線を合わせた後、遠慮がちにそらすなまえはとても可愛い。なまえは意外と恥ずかしがりで、人前でそういう風にすることは嫌がった。俺も、あまり人前でというのは好きではないからいいのだけど。

「最近、ちょっと寂しいかも」
「……惚気は他所でしてくれ。待たせるのも良くないだろう」

 苦笑いしながら、俺の背をなまえの方に押す。ありがと、と手を振り、フェンスの向こうで待っているなまえの元に駆け寄った。


***

「ごめんね、いつも待たせて」
「好きで見てるだけだから」

 毎日、というほどでもないが、なまえはこうして部活を見に来ては最後まで残り、一緒に帰っている。流石に朝練に付き合わせるのは悪いから、朝は別々だけれど。

「精市くん、ちょっと話したいことがある」
「話したいこと?」

 校門に差し掛かったところで、不意になまえが立ち止まって俺のシャツを掴んだ。珍しい。なまえの表情は至って無表情で、ただ少しだけ目が泳いでいる。少し躊躇ったあと、シャツから手を離して、なまえは口を開いた。

「私が彼女じゃだめだと思う」
「……なに?」

 思わず聞き返した。なまえにしては珍しいボリュームが小さめの声だったから、聞き間違いを期待したのだ。けれどなまえはもう一度、ゆっくりと、同じことを繰り返した。私が彼女じゃ、だめだと。

「それはどういう意味?」
「ごめんね」
「答えになってない」

 ショックなはずなのにやけに冷静なのは、なまえの顔が泣きそうに見えたからだ。なまえは自分のことを話すタイプじゃないし、人に執着もしない。だけど、俺たちは恋人だ。ついさっき、少し寂しいと思った矢先の出来事。なまえが俺を嫌いになったならまだしも、「彼女じゃだめ」では到底納得のいくものではない。

「俺はなまえが好きだよ。なまえは?」
「好き、だよ」
「じゃあどうして、彼女じゃだめなの?」

 俺たちは両想いなのに。
 なまえの考えていることがわからなかった。なまえはただひたすら、ごめんと項垂れてはだめを繰り返す。

「本当に、ごめんなさい」

 最後になまえは深く腰を折った。そしてどんな表情をしているかわからない俺の顔をちらりと見て、そのまま俺の横を通り過ぎた。通りすがりに腕を掴むことだってできたのに、そうしなかったのは、泣きそうな顔をしていたからだ。でもたぶん、それはなまえだけじゃないと思う。

 それ以来、なまえが部活を見に来ることはなくなった。


2015.03.01
2015.12.20 移動、加筆修正

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