しきりに別れたのか?と聞いてくる奴らを足蹴にし続けて早一年。次第になまえのことを聞いてくる人はいなくなり、クラスも変わった。ここで誤算だったのは、なまえと同じクラスになったことだ。それも、また前と同じ対角線上の席。遠くの斜め後ろから見るなまえはいつもより綺麗に見えるからたちが悪い。もしかしたらただの俺の錯覚で、少しもなまえは変わらないのかもしれないけれど。
配られた進路調査書を前に、シャーペンを無意味に出してはしまってを繰り返す。ついこの間入学したと思っていたのに、もう受験の準備が始まる。面倒だからこのままエスカレーターで、とはいかない。そろそろ真剣に将来を考えなければならない時期なのだと、なまえから目を離した。第一希望の欄に、進学と曖昧に記入する。第二希望はまだ決まってませんと投げやりに記入。なまえはどうするんだろう、目は離したって脳裏から離れない彼女のことを考えながら、机に突っ伏した。
***
「あぁ幸村、悪いがこれ、みょうじに渡しといてくれるか」
授業が始まる数分前、ふいにすぐ横の教室の扉からひょっこり顔を出した担任が、一枚の紙を手渡してきた。どうやら今朝のHRで書いた調査書に不備があったらしい。担任は授業の準備で忙しく渡す暇がないらしい。よりによって何故なまえなのか。承諾はしたものの一番遠い席のなまえを見て溜息を吐いた。
「……え、これ」
次の休み時間に渡そうと机の中にしまう。しかし好奇心には勝てずちらりと調査書を覗いた。第一希望、就職。目を見張った。就職する生徒はかなり珍しい。それがなまえなら尚更気になることで。休み時間が終わるまであと2分、2分以内に話を聞き出すのは難しいだろうが、次に会う約束を取り付ければいい。俺は席を立った。
「なまえ、これ、第二希望のところも書けって」
「ありがとう」
なまえは気まずそうに紙を受け取り、その場では書かずにクリアファイルにしまいこんだ。
「就職って、どういうこと」
「……見たの?」
罰の悪そうな顔をしたなまえは、俺から目をそらした後、小さな声で後で話すよと呟いた。なまえ自ら話すと言ったのには驚いたが、話したがらないのを聞き出すよりずっといい。俺は、勝手に見てごめんとだけ言って、席に戻った。
***
「私、家を出るの」
放課後、適当な理由をつけて部活を休み、なまえと学校を出た。校門を出てすぐ、俺が話を聞こうと口を開いたタイミングで、なまえが言葉を口にする。家を出る、その意味が俺には重たすぎて、何も言えなかった。
「家を出て、一人暮らしして、就職して。大学に行ってまで勉強したいこともないし」
「……そう」
「なんて返事したらいいかわからないって顔してる。あのね、私じゃだめってそういうことだよ」
いつか、気まずくなる日が来るのわかってた。なまえは自嘲気味に笑った。
「私さ、結構暗いんだよ。話さないだけで」
「それは……みんなそうじゃないかな。俺だってそうだし」
「そう? 私、精市くんは強いと思ってるよ」
無性になまえを抱きしめたくなった。俺は強くないし、なまえだって弱くはなくとも特別強くもないだろう。だからこそ互いに支え合うものだと思っているし、特に俺は入院していたわけだから、たくさんの人に支えられてきた。強くなどないのだ。
「俺、なまえの弱いところも全部知りたいって思う」
「でも、気まずくなるでしょ?」
「確かに気まずくもなるよ。でも、なまえのことなら知りたい。話したくないことは言わなくていいけどね」
だって、俺たち恋人だよ。
今は恋人と呼べるか定かではないが、あえてそう言った。なまえは足を止め、俺の顔をじっと見つめる。俺には、その顔が悲しいものではなく、期待のこもった顔に見えた。
「精市くんの彼女でも、いいの?」
「前からそう言ってるでしょ」
ばちん、手加減なしにデコピンすれば痛い!と大きな声をあげてしゃがみこむ。最初からそう言ってるのに、なまえは馬鹿だ。
でも初めから彼女を安心させることができなかった俺も、大概馬鹿なのかもしれない。
「離れてる間、寂しかったんだよ?」
「私も……自分で離れておいて、あれだけど」
もう離れたりしないね。うっすら涙を浮かべながら笑ったなまえに、触れるだけのキスをした。
2015.03.04
2025.12.20 移動、加筆修正
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