俺は大学生に、なまえは社会人になって、それぞれ忙しい日々をおくっていた。いや、忙しいのはなまえだけだ。俺はなんだかんだ朝がゆっくりだったり、休みが多かったりとのんびり過ごしている。会いたい、そう思っても会えない日が多く、俺の思っていた以上に社会人は大変なのだと知った。
たまに、本当にたまにだけれど電話をすると、なまえは決まって疲れたから寝るね、と電話を切る。社会人になったと同時に一人暮らしを始めたなまえは、仕事だけではなく家のことも全て自分でこなさなければならない。相当しんどいはずだ。
もうすぐ夏休みになる。休みに入ったらなまえに会いに行こうと、連絡先からなまえの携帯電話を呼び出した。
***
「あ、なまえお帰り。遅かったね」
「……精市くん、家帰らなくていいの?」
ここ最近、俺はいわば居候をしていた。朝はなまえを見送り、夜は出迎える。最初こそ嬉しそうだったなまえも、ずっと実家に帰らない俺を心配し始めた。
「迷惑だったら、帰るけど」
「そういう言い方はずるいんじゃないかな」
少し照れたような、拗ねたような顔でそっぽを向いたなまえに、お疲れさまと頭を撫でる。なまえは案外照れ屋なようで、何かにつけ顔を背けた。追求しようとすると俺の腕をぱしんと叩いて逃げてしまう。いつか逃がさないでやる、と意気込んではいるものの、なかなか実行に移せないのはなまえも疲れているだろうと思っているからだ。
「はぁー、今日はもう寝ちゃおうかな」
「シャワーだけ軽く浴びてきなよ。最近暑いのに、ずっとスーツなんでしょ?」
「そうする……汗かいて気持ち悪いや」
さっとシャワーを浴びたなまえの髪を乾かして、うとうととしている彼女をベッドまで運ぶ。俺が来てから、たまにこうして一緒のベッドに入るようになった。俺の腕の中で眠るなまえはとても可愛いけれど、たまに俺の方が先に寝ては「精市くんの寝顔可愛い」なんて言われてしまうのだが。
「なまえ、明日休み?」
「うん……ごめん、どっか行く元気ない」
「わかってる。2人で録画してた映画でも観よう」
なまえの頬を優しくなでれば、気持ち良さそうに目を細める。俺の手に自らの手を重ねて擦り寄るなまえは猫みたいだ。少し汗ばんでるおでこにキスをして、しっかりと抱き込む。
「んー、精市くん暑い」
「もうすぐ夏も終わるよ」
抵抗を諦めたのか、おとなしくなったところで少し距離を置く。なまえが何か言いたそうに見上げてきて、どうしたのと聞くと目をそらした。
「精市くんと一緒にいると、駄目になっちゃいそう」
「え?」
「なんでもしてくれるし、精市くん、甘やかすの好きだから」
ご飯も、掃除も、買い物も。確かに全部俺がしているけれど、それはなまえが頑張って働いているからだ。大学は行ってるけど、結構暇で。もちろん友達と遊んだりするし、何もかも全てなまえに尽くしているわけでもない。大げさだ。
「いつか俺が養ってあげるよ」
「ふふ、楽しみにしてるね」
「今の俺はヒモみたいなもんだし」
「学生の仕事は勉強でしょー」
母親みたいな口調で言いながら鼻をつまんできたなまえ。前よりずっとなまえは俺に弱音を吐くようになったし、笑うようになった。中学の時も、高校の時も、まだ俺たちは子供だったのだろう。今この穏やかな時間が、とても幸せだ。
「おやすみ、なまえ」
「おやすみ、精市くん」
最後にちゅっと唇にキスを落として、目を閉じる。ふわりと、なまえが頬にキスをしてきた。驚いて目を開けると、ゴソゴソと俺に背を向けはじめたなまえ。耳がうっすらと赤い。
「どしたの、珍しいね」
「なにが?」
「いや、キスしてくるの」
「してないよ」
そんな、誤魔化せてないよそれ。
意固地になったままついには寝たふりをはじめたなまえを後ろから抱きしめて、明日はどうやってなまえを癒してあげようかと眠りについた。
2015.03.04
2025.12.20 移動、加筆修正
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