「就職決まったの!?」

 珍しく大きな声を出したなまえに、俺は驚きつつもうんと簡潔に答えた。
 なまえの家に居候しつつ大学に通い、たまに実家に帰ったりしたりとそんな生活を続けていた。基本は俺が家事をこなしつつ、バイトのシフトによってはなまえに代わってもらったりと、お互い譲り合いの中での生活。とはいえ家賃はなまえが払っていたし、光熱費その他もろもろも全部なまえ持ち。やっとこれで、俺は社会人になりなまえを養うことができる。就活が決まったことよりも、そっちの方が遥かに嬉しかった。

「これでもう居候もおしまいだ」
「あ……そっか。精市くんもやっぱり一人暮らしするの? 引っ越すなら会社近くがいいよね」
「違うよ、なまえ」

 俺よりも嬉しそうに、早口でまくしたてるなまえを宥める。訝しげに俺を見て首を傾げるなまえに、俺は静かにキスをして抱き寄せた。

「本当は、きちんと準備をするべきなんだけど」
「準備?」
「今度、ちゃんとしたのを渡すから、今はこれで許してね」

 抱き寄せたまま、なまえの首に口を寄せる。なまえは少し震えた後、ぎこちなく俺の背に腕を回した。俺はそのまま、用意してあったものをつける。シンプルなシルバーリングに、なまえの誕生石が控えめについたもの。それをチェーンに通しただけの簡素なものだった。

「できたよ」
「え、これ……え? ネックレス? リング?」
「リングとして使いたかったら、チェーンから外してくれればいいよ」
「待って、今日何かの記念日だっけ?」

 もしかして忘れてるのではと、なまえは不安げに顔を曇らせた。その様子が可愛くて、思わずふふっと笑うと今度は怒ったように口を尖らせる。今日のなまえはコロコロと表情を変えて面白い。かわいい。

「精市くんってば」
「新しい記念日になるんだよ、今日」
「えー、就職記念日? そしたらお祝いされるのは精市くんの方だよ」
「違う違う。なまえって結構鈍感だよね」

 なにそれ、と頬を膨らませたものだから、ぷにゅっと頬をつまむ。仕返しと言わんばかりになまえも俺の頬をつまむから、お互い顔を見合わせて笑った。

「まだ早いけど、結婚してほしい」

 笑ったまま、こつんとおでこを合わせてから、目をじっと見つめ言った。それから返事を聞く前に唇を塞ぐ。これで断られたら情けないな、そんな風に思いながら。

「っ、ん、精市くん」
「なまえとずっと一緒にいたい」

 なにを怯えてるんだろう。どうにもなまえの返事を聞くのが怖くて、何度も何度も唇を重ねる。そのまま押し倒してやっと唇を離すと、なまえは真っ赤な顔で口をパクパクさせた。

「精市くん、落ち着こう。ね?」
「これからもずっと、俺のものでいてくれる?」
「今日の精市くん、やけに消極的だよ……いつもだったら私が離れて行こうとしても離さないくらいなのに」

 なまえは赤い顔のまま、ゆっくり俺の頬に手を伸ばすと、まっすぐに俺の目を見ながら言った。

「私を、精市くんのお嫁さんにしてください」

 ああ、幸せとはこのことを言うのだろう。
 その日俺は、なまえを心の底から愛しいと思った。


2015.03.04
2025.12.20 移動、加筆修正

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