ぴぴぴ、と毎日同じ時間でアラームが鳴る。決まった時間に起きて、決まった朝ご飯を食べて、決まった服を着る。極力考えることをやめて、無駄に疲れないようにした私のルーティンだ。
出社の日も、出張の日も、休みの日も同じ。そのルーティンを崩した張本人が、窓の外を眺めていた。
「潜さんってコーヒーと紅茶どっち派でしたっけ」
「どちらでもいいよ。インスタントとティーパックしかないんだから」
「文句があるならカフェでも行ってくださいよ。わざわざうちで雨宿りしなくたっていいのに」
あ、ちょっと棘がありすぎたかな。視線を向けても目は合わなかった。変わらず窓の外の、ぼたぼたとバケツをひっくり返したように降る雨を眺めているようだった。
潜さんは雨の日にだけ訪れる、といっても、さすがに毎度のことではない。最近は台風やゲリラ豪雨もあるし、そもそも私は一般社会人でそんなに暇ではない。
今日も、この雨が止む前に家を出なければならない。たかが雨ひとつでは会社は休ませちゃくれないのだ。
「憂鬱な君にひとつ魔法をかけてあげようか」
湿気でまとまらない髪を適当にひとつに縛って、リップを塗った。鏡越しに壁掛け時計を見ると、もう電車の時間が迫っている。
「おわ、」
潜さんが、ずいと顔を近付けた。耳元に吐息がかかって、ふわふわした毛先がほっぺたをくすぐる。花のような、お酒のような、ほのかな香りに酔いそうになって立ち上がる。
「暗くなってきたら、空を見上げてごらん」
「……?」
それの何が魔法だというのだ。バッグを持って、家を出た。
帰り道、雨雲が近付いています、のお知らせと同時に空を見上げる。どんよりと鈍色の雨雲が、空を覆って今にも落っこちてきそうだった。
――空を見上げてごらん。
ほら、これの何が魔法だというのだ。ただ雨が降り始めるだけじゃないか。
帰ったら潜さんがいるのだろうなと思った。既に魔法にかかっていた。
2026/08/14
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