23時59分、58秒、59秒、そして0時。
 6日が終わった。外はごうごうと風が唸り、叩きつけるような雨だった。

 まあ、忙しいだろうし、な。拭き取るだけのメイク落としを手に取って、深い色味の口紅を拭う。肌色に限りなく近い元の唇の色に戻って、途端にすべての魔法が消え去ったようだった。
 今週末は雨模様が続くとニュースで見て、どこか浮かれていたのだと思う。大切な日に、きっと私は選ばれると大層な勘違いをしていた。潜さんは気まぐれに雨宿りとして私の家を選んでいるだけで、そして気分が良ければ暇を潰すだけで、私は潜さんの何者でもない。ファンでも、子羊ですら、ない。

 がたん、と外廊下から音がして肩が跳ねた。そのままごとん、とまた大きく音がして、こんな雨の夜更けに酔っ払いの近隣住民がいるのかと眉をしかめる。
 お風呂入らなきゃ。明日だって仕事だ。電車止まったら休みになるかな。多分無理だな。ああなんか惨めだな。まあ最近がちょっと気分良かっただけか。

 またがたん、と音がして、いらいらして顔を上げた。やっぱり文句のひとつ言ってやりたい。
 ドアを開けようと手を伸ばすと、ノブが回った。――ノブが回った?

「明日は仕事だろう? 随分と夜更かしなんだね」

 この雨の中傘もささずに歩いたのか、ぺちゃんと顔に髪の毛を張り付けて、雨水を吸ったリボンを解きながら、潜さんが笑った。

「……もう寝てたら、どうするつもりだったんですか」
「ふふ、どうしようかな。今からシャワーを浴びるつもりだった? ちょうどいいから先に借りるよ」

 私の横をすり抜けようとする潜さんの腕を掴もうとして空を切った。寒いだろうし、先に浴びてもらった方がいい。いいんだけどさ。

「6日、終わっちゃいましたよ」

 ぽつねんと玄関に取り残された私の呟きが、もうとっくに全裸にでもなってるだろう潜さんに届いたかわからない。そのまま引き戸を開ける音とシャワーの音が続いて、その音もさっさと止んで、また引き戸を開ける音がする。

「随分わかりやすくご機嫌斜めだ。この間の口紅はお気に召さなかったかな」
「ちがいますよ……つけて、待ってたのに」

 待ってた、ってさ、言ったら余計惨めじゃないの。

「今日は休みだったのに。明日仕事なのに。もう7日になっちゃった。口紅も落としちゃいましたよ」
「……ふうん。なまえは僕を待ってたんだ。どうして?」
「どうしてって、今日は雨だったから……」

 超えの近さに振り返ると、かろうじてタオルを引っかけた潜さんが、黒い腕を組んで壁によりかかっている。
 黒い腕。思考がぷつっと途切れるような感覚がして、じっと惹きつけられる。何度かシャワーを浴びてくことはあったけど、いつも全身肌色で知らなかった。

「それで、言いたいことはなに?」
「……お誕生日、おめでとう」

 潜さんは笑って、我が物顔でベッドに向かって、そのまま寝息を立て始める。
 初めて見る機械的な腕を眺めながら、明日起きたらもう一度ちゃんと言わなきゃと、口紅を握りしめた。

2026/09/06

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