宝石



 それは、もう随分と遠い過去の話だ。かと言って、忘れたことはなかった。ふとした瞬間に嫌でも思い出す、蘇る、こびり付く。鏡を見た時、車内でふとした時に外を見ようと窓を見た時、スマホの電源ボタンを押して暗転した時。思い出そうとしなくても、ふとした瞬間に頭の中を通り過ぎる。かと言って、傷付く段階はもうとっくに終わっていて、慣れたことだった。

 白とは随分と清廉潔白の美しい色だとかいうが、自分だとそうは思えなかった。白い髪に、透き通るような白い瞳。それを、ただの呪いにしか思えなくて、白なんかよりも当時はずっと黒に憧れてたもんだった。

「髪、綺麗だね」

 彼女の前でしか見せない顔があるのは流石に自覚している。こうやって大人しく甘えるように頭を撫でられているのなんて、他の奴らに見られたりなんてしたらそいつらを消しかねないぐらいには嫌で、俺にだってプライドはある。でも、こうやって人に優しく包み込まれるように接してもらう機会なんてのは無くて、コイツがあまりにも俺の扱いが上手いばかりに、ついつい丸め込まれて甘えたくなる。俺がしたいからとかじゃなく、させられる。

 ルカは頭を撫でながら髪を優しく梳いて、指と指の間を白い髪が零れていくのを眺めながらそんな感想を口にした。綺麗だなんて、誰も言ってくれなかったし言われたこと無かった。

「……変な色だろ」

 夜というのはこんなにも人を無防備にさせるらしい。季節はだんだん冬に移ろいでいて、気温だって低い。もう最低気温は一桁の代に乗ったが、でもその分撫でるその手から伝わる温もりは変わらずずっと暖かいままだった。

「ガキの頃から言われてた、化け物ってさ」

 自分のこの見た目は、とにかく目立った。おまけに愛想の無い性格なのも相まって、周りからは不気味がられて化け物扱い。もちろん、友達なんていなかったし、幼い頃の自分の記憶はいつだって一人だった。だから、別に今となっては一人でいるのも平気だし、一人で十分に生きれると思っていた。
 なのに、お前と付き合ってからそうは思えなくなった、と口にしたのは、少し前の話だったか。

「……だから、綺麗とか言われんの、慣れてない」

 頭を撫でていた手は、その話の流れからかいつしか髪の毛の方に集中していた。梳いて、手に取って、また撫でて。その手つきがくすぐったいが、不思議と嫌じゃなかった。

「そう? 私は好きだよ」

 この女はそうやって、なんでもないことのようにサラリと口にする。それが自分にとって、どれほどの言葉が知りもしないで。ルカの場合、これが計算なのか天然なのか判断できないから厄介だ。重く受け止めすぎず、でも軽く流しもせず、受け止めつつちゃんと言葉を投げる。

 上手く言葉を返せなかった。ただ喉をごくりと鳴らしただけで、その言葉に上手い返しなんて出来ない。元々口下手な人間だ、そんなことできるはずがない。

「……俺、ガキの頃さ。友達、一人もいなかった。目も白いから、気持ち悪いって」

 こんなこと、言うつもりは無かった。もう随分と前のことで、どうだっていいはずなのに不思議と口から零れた。ルカがあまりにも自分を受け止めてくれるものだから、どんな自分でもルカは突き放さないって無意識下に信頼しているのかもしれない。嬉しい、でも怖い。裏切られたらって考えが湧く、そしてそう考える自分も嫌になる。

 甘えるように、少し頭の角度を変えて、若干彼女の手に自分の頭を押し付ける。そうするとまた、今度は髪に集中せずちゃんと頭を優しく撫でてくれる。

「変なの。宝石みたいで綺麗なのに」

 ――まただ。また、こうやって。目頭が熱くなる。心の奥底からじーんときて、何かが込み上げてくるがここで素直に泣くわけもいかず、つい癖で抑え込もうとする。こんなことしたって、どうせルカには全部バレているのに、でも長年ずっとそうやってきたか簡単には抜けきれなかった。自分にとって、弱さを見せるということは急所を曝け出すのに等しかった。

 顔を上げて、ルカと目を合わせる。光が当たると、綺麗に煌めく、そのキャラメルのような瞳に吸い込まれそうになる。そんな瞳で、真っ直ぐに見つめられて、そして愛おしそうに目を細められる。その破壊力を、本人だけが理解していないのだから、厄介なものだ。

「お前の目の方がよっぽど綺麗だろ」

 反論したが、いつもより声色が弱々しい。本当ならもっと、淡々とできるのに、それが出来ない。相手が悪いのか、状況が悪いのか、今回に関しては両方が噛み合わさってるせいだ。コイツを前にすると、自分が自分でいられなくなる。でもそれな、決して悪い意味だとは思えなかった。

「……この目がなかったら、もうちょい普通の人生だったかもな」

 周りに人が、決して多くはなくともいてくれて、ちゃんとした学校生活を送ることができて、高校にも行きちゃんとした仕事にも就いて、そんな人生を歩んでいたらと空想したことは、決してゼロとは言い切れないが、大した数でもない。だって、そんな事をしたってただ虚しくなるだけだ。今の俺は、司令官という立場がある。普通とは程遠くても、それで十分だと思っていたが、最近はどうもそれを考える頻度が増えた。もし自分が裏の人間じゃなくて、表の人間で、また違った場所でルカと出会っていたらなんて。柄にもないのは、自分がよく分かっている。

「普通の人生じゃなかったとしてもさ、律は今誰よりも一番幸せだと思うよ。だって、私がいるんだもん」

 思わず目を見開いた。でも、否定はできなかった。抱えるものが多くても、今こうして彼女の温もりに溺れるように浸っているのも、何よりこうやって素敵な出会いがあってどんな自分でも受け止めてくれる彼女と出会えたのも、幸せ以外の何物でもない。全部事実だ。

 何か言おうとして唇を震わせるも、喉に突っかかって上手く出てこない。結果的に出たのは、情けないたったの三文字だけだった。

「……ずるい」

 頭を撫でてくれていた手に自分手を伸ばすと、そのままぎゅと繋いで握りしめた。自分が欲しい言葉を、されたかったことを、完璧な答えを、全部与えてくれるルカがずるくて、でもそれと同時に眩しくもあった。

「……これからもずっと、一生いてくれ」

 プロポーズにも見えるその言葉は、奥底から絞り出したただの懇願であり、祈り以外のなにものでもなかった。



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