ねた

▼2018/08/29:今年も、君と

昨年水着マーリン来ないかな〜!という淡い期待と共に書いたお話の2018ver

追記からどうぞ


暑さ寒さも彼岸までという言葉をにわかに信じられなくなってきた昨今。
今年の夏も例に漏れず彼岸が終わり、本日が初秋の候なのだと告げるニュースキャスターは苦笑いを浮かべていた。
建物から僅かでも身を出してしまえばたちまち照りつける太陽の餌食になり、瞬く間に全身から汗が吹き出てくる。
こういう時はクーラーのガンガン効いた室内で過ごすに限るなぁと思いながら頂いた棒アイスをガリガリと齧っていると、清廉な花の香りが鼻を擽る。

「マーリンさん?」
「こんにちはマスター。こうも毎日厳しい暑さの中に居ると辟易としてくるね」
ご自身の長髪や格好をよく見てから言って下さい……なんて涼しげな顔をして暑い暑いと漏らし、手で仰いでいる彼には何の意味も成さないだろう喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
頬張っていたアイスを咀嚼し、ゴミ箱に投げ入れた所で本日この部屋を訪れた用件を尋ねる。
そうすると待っていましたと言わんばかりにマーリンさんはニコリと綺麗な笑顔を形作った。

「昨年君と一緒に訪れたあの場所へまた行きたいと思ってね。一日なんて贅沢は言わない、半日で構わないから君の時間を僕にくれないだろうか」
昨年と聞いた彼女の記憶は即座に答えを算出した。
そう言えば昨年の今頃……よりは少し前だっただろうか。
彼と二人で海へ赴き、その長い髪を束ねてゆったりと過ごしたのだった。
あの時のマーリンさんの顔はあまりにも眩しく、喜びに満ちていたように記憶しているのだがそれはあながち間違いではなかったらしい。
彼がそれだけ私と一緒に海へ出掛けたいと思ってくれている事はとてつもなく嬉しいのだけれど──。

「今この太陽が照り付けている時間から行くのは遠慮させていただきたい……です」
「そこは君の都合に合わせるよ。日が落ちてからならどうだろう?」
「時間をずらして頂けるのなら是非!」
「その言葉を聞けて安心したよ。それじゃあ、また」
現れた時と同じように静かに姿を眩ませたマーリンさんの背中から視線を外して、箪笥の奥で眠っていた水着を取り出した。

* * *

彼に手を引かれ訪れたビーチに足を運ぶのは一年ぶり。
地平線の彼方に沈んでいく夕焼けと薄紫色に色付いた空に顔を見せ始めた星星を眺めながら、さくさくと音を立てて砂浜を歩く。

時期と時間が相まってビーチに居るのは自分とマーリンさんの二人きり。
ちゃっかり用意されていた白の椅子を後ろに引いて着席を促してくるマーリンさんにお礼を言いながら腰を下ろす。
傍に椅子を持ってそこに鎮座した彼は、あの日と同じように背中を向けて髪を束ねてくれと言わんばかりに微かな夕陽を浴びて橙色を帯びた白銀を揺らしている。

「気分一新して編み込みを取り入れてみても良いですか?」
「全ては君の思うがままに。マイロード」
唯一の光が消えたビーチで声を弾ませる花の魔術師にマスターも鼻歌混じりに返答をして、美しい銀の髪に触れた。

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極夜