ねた

▼2019/04/12:許しを請い続ける

2RBバレ
暗い 独白
ラケル博士が鬼(かもしれない)


自分の呼吸音と、いつもより早鐘を打っている心音に全てを持っていかれている。
仲間と共に乗り込んだ螺旋の樹中層部は今まで幾度も出入りを繰り返してきた下層部より、遥かに侵食が進んでおり一帯を覆う重苦しい空気に唇を噛み締めた。

誰かが発した声に神機を握る力を強め見上げた瞳の中で、無数の黒い蝶が羽ばたいている。
自分を包むように、或いは仲間と隔離するように地面から湧いて出る蝶に固く瞼を閉じていると女性の笑い声が鼓膜を揺らした。

「まるで幽霊でも見たような顔をしていますね」
血の如く赤い瞳を携えたラケルが目先で美しく微笑みかけている。
螺旋の樹の汚染の原因と言っても過言でもない人物の出現に軽いパニックに陥りそうになりながら、皆で決めた"約束"を果たす為に緩めていた指先に力を込めて神機をラケルに突きつける。

「──ロミオを失い更にはジュリウスも自身の手が届かぬ場所へ行ってしまったあの日、誰の目もつかぬ場所で貴女は涙を流していましたね」
「ど、してそれを……」
心に深い傷を与えたロミオの死と、それに追い打ちをかけたジュリウスのブラッド脱退。
新たな隊長に就任した少女は家族に惨めで弱い姿を見せる事が許せずあの日、自室のベッドで体を丸め声を殺しひっそりと滂沱の涙を流した。
それをラケルが知っているはずなどない!それなのにどうして!?

怒りと混乱が綯い交ぜになった瞳を見てもラケルはその余裕を崩さない。
それどころか「貴女は昔から誰よりも繊細で優しくて、それでいて──脆い子でしたから」と言葉を返し、すっかり戦意を削がれて放心状態に近い少女の艶やかな髪を撫でた。

「仲間の浅い呼吸とバイタル低下を知らせる切羽の詰まった声が合わさった瞬間、あの日の喪失感が蘇ってきて冷静な対処が出来なくなってしまう」
神機から手を離し、頭を抱えた彼女は小刻みに体を震わせ壊れた蓄音機のように「ごめんなさい」という言葉を繰り返す。
あの日の、出来事と後悔は少女の奥深くに巣を作り彼女から生気を奪っていた。

「お前は来てくれると俺は信じていた。なのに……」
顔を上げたブラッド隊長の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
何が何だか分からない、さっきまで居たラケルはどこへ消えた?
彼女を見下す金色の瞳はゆっくり首を振ったあと、片膝をつくと細い肩に腕を回した。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!わ、私のせいで貴方とロミオは……」
「もう、いい。全て過ぎたことだ」
酸素不足の彼女は抱きしめている目の前の男性から一切温もりを感じられない事を、いつしかその瞳が真紅に染まっていることに気が付くことが出来なかった。

「俺のためにここまで来てくれただけで、十分だ。今は少し休むといい」
赦しを請い続けていた少女にとって青年のこの言葉は何物にも得難く、これ以上ないものだった。

「……おかえりなさい。私の可愛い──」
同時刻、螺旋の樹をモニタリングしていたヒバリの声を発端にアナグラは一気に騒がしくなった。
隊長が突然姿を消したという報告を現地の隊員から聞き、腕輪のビーコン反応から位置を探っていたのだが突如としてそれが消失してしまったのだ。
彼女を計画上での問題因子としていたラケルだったがそれを逆手に取れないかと目下思案し、今までの出来事を踏まえ決行した次第だろう。

「ジュリウス、これからは彼女も一緒に居てくれるそうですよ」
少女の瞳には一切の光も伴わず、黙した青年の傍らで力なく腰を下ろしていた。

Prev | Next

極夜