ねた

▼2019/10/10:カゾク

鬼滅 累

生暖かい目で(以下略)


「首を動かしちゃいけないよ」
分厚い雲に覆われた夜空の下をただ闇雲に駆けて、駆けて。
長かったこの森も、中心部あたりからた漂うおびただしい悪臭からやっと解放される。
木々の切れ間から見えたあぜ道に表情を輝かせ、土まみれになった両足に力を入れた瞬間、幼い声が諌めた。
せめて声の主を、と本当に僅かながら動かした事とそう考えた自分を数秒後に恨むことになる。

「人間ってどうしてこうも脆いのだろうね」
森の中心部で嫌という程嗅いだ血の臭いと感触が、首から伝い落ちていく。
首筋を通過しそこから鎖骨、そして着物へと到着した血は瞬く間に赤黒いしみとなったが私はそれどころではない。
白いを超越した青白い指先に細く白い糸を絡め、そのうちの一本で私の首を拘束している少年の外貌は普通の人間ではなかった。

真っ白な肌に負けず劣らず色素のない髪。
本来白である筈の瞳の一部は真っ赤に染まりきっており、そこから無色彩の感情を伺えない眼球がこちらを見下している。
そんな瞳を囲う緑色の睫毛から、何から何まで異常すぎる少年に戦いている間に恐ろしいまでに底冷えした何かが首筋を撫で上げた。

「ひ、っ!」
カラカラに乾いた喉から引き攣った悲鳴が漏れる。
垂れ落ちていた血を舐めとった少年は今も出血し続けているそこに牙を立てた。
────この少年こそ最近何かと耳にする、人を食らう鬼だ。
ともすれば、異様すぎる少年の外貌にも血を啜る行動も腑に落ちる。

「何事もなくこの森から出られると思ってたんだろうけど、それは違う。僕が手を出すなと命令していたから、誰も君を襲わなかっただけだよ」
少年鬼の話を聞いてサッと血の気が引いた。
もう間もなく鬼の鋭い牙で四肢を切断され、絶命する運命は変えようがないのだからそれ以上脳は働かせる必要はないと目を伏せた。


「首、痛むでしょ?だから動かすなって言ったのに」
鬼の手がゆっくり降ろされる。
再び脱力し傷口に手を宛てるとあっという間に右手が赤に染まった。

「それじゃあ家に帰ろう。着いたらちゃんと手当てしてあげるから安心して?傷跡は──仕方ないよね、僕の言う事を守らない君が悪いんだよ」
空いていた左手を絡め取った少年は元来た道を、暗闇の中へと舞い戻っていく。
歩く拍子に指から溢れた血が頬から滑り落ちた涙と共に地面へ染み入った。

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極夜