五年越しの求婚

「ウェイバー君おかえりなさい」
「ああ」
「今日は早く帰れるって連絡くれてたけど本当に早かったね、嬉しいなぁ。夕飯さっき作り終えたところだから一緒に食べよう」
家の扉を開くなりウェイバーの胸に飛び込んできた梓の頭を撫でている間、彼の眉間に深く刻まれている皺が若干薄くなっているのを彼女は知っているだろうか。

人懐っこい子犬のようにウェイバーの胸元に頭を擦り付け、漸く満足した梓はウェイバーから鞄と上着を受け取っていつもの場所に置いてくると彼の腕を引いて台所までの短い道のりの合間に今日あった出来事を尋ねる。

「今日は実に平和な一日だった。それに問題が生じていたらこんな早く帰ってこれていないだろう」
それもそうか〜と漏らした梓を見ながら着席した椅子の前には湯気が立ち上る夕飯が用意されていた。
元々梓は魔術の知識を深めるため遥か遠くの日本からやって来た魔術師見習いであり、ある事をきっかけに彼と距離を縮め恋仲に至ったのだが──。

「そういう梓は今日何をしていたんだ?久しぶりの連休だと随分と前からはしゃいでいただろう」
「徹夜でやってたゲームもクリアしちゃったし、ウェイバー君お気に入りのゲームを触ってみてたんだけど……即ゲームオーバーになったよね!うん」
ウェイバーが時間を見つけてプレイしているゲームの大半が戦略性を求められる物であるのに対し、梓が手を出すのは大味なシミュレーションやアクションと良くも悪くも彼らは真逆の立ち位置にあった。

そんな真逆の二人が何故今日まで交際を続けてこられたのかと聞かれたら梓が女性がよく気にする記念日に対し関心が薄く、ウェイバーから返信が遅かったり音沙汰がなくても気にしない。
多忙なウェイバーの身を案じて必要最低限以外の連絡を飛ばさないさっぱりとした、それでいてこちらを全面的に信頼してくれていた部分が大きいだろうとウェイバーは思う。

「細かしく考えている時間があるなら敵を吹き飛ばして爽快感に浸りたい派です!」
「この前私とした大乱闘ゲームで全戦全敗を期して泣いていた人間の台詞とは到底思えないな……冗談だ。だからそんな顔をするんじゃない」
「ウェイバー君の意地悪」
「そんな男の隣に五年も居るレディもレディだと思うが?」
五年というワードを聞いた梓はゆっくりとフォークを皿の上に置いた。
ウェイバーの勘違いや思い違いでなければ五年前の今日この日に彼女から告白を受けて恋人になったはずなのだが……。

「私達もう何だかんだで五年も付き合ってるのかぁ。私と目線がそう変わらなかったウェイバー君が今やこんなに立派に逞しくなっちゃって……」
「近所の叔母さんか親戚の人か……」
いや、そうじゃない。
いつものペースに飲まれかけている事に気付いたウェイバーは頭を振り、大切に仕舞っていたダークブルーの箱をポケットから取り出した。
夫婦になるには些か早い歳かもしれないが、そろそろこの焦れったい関係性に終止符をうちたいのもまた事実。
綺麗になった皿を片そうと椅子を後ろに引きかけた梓の手を掴んで、日本人特有の焦げ茶色の瞳を見つめながら彼は箱の中身を梓に差し出した。

「さっきウェイバー君から今日で交際して五年だと聞くまで覚えてなくて。お返しは後日で勘弁してもらえる?」
「君は昔から妙な所でとことん鈍いな!プロポーズだと何故分からない?!」
「プロポーズ……」
ウェイバーの言葉を復唱し、目の前の指輪を再度見た梓の顔がみるみる赤くなっていく。
梓の前で片膝をつき、頭を垂れたウェイバーによって薬指に通されたシルバーリングに小刻みに体を震わせながら彼女が確かに頷いたのを確認したウェイバーは梓の腕を引いて自身の胸の中に閉じ込めた。

「ずっとウェイバー君と一緒に居られるんだね。私、嬉しい」
「梓の口からその言葉を聞いて心底安心した。私も君と同じ気持ちだ」
柔らかな梓の頬に口付けた後、互いに目を細め微笑みあった後どちらともなく唇を寄せる。
しっかり絡められた梓の薬指に光る白銀が二人の行先を表すように毅然とした光を放っていた。

極夜