「梓さん、少しボクに付き合ってくれませんか?」
いつものルーティンが少し早くに終わり、これからどうしようか思案していた梓に声を掛けた少年──子ギルと目線を合わせるべく膝を折ると真紅の瞳が細められた。
「大丈夫だよ。どうしたの突然」
「前々から梓さんデートしたいと思ってたんです」
「……うん?」
デート? 私と? そう聞き返すよりも速く手を引かれコフィンに体を預けてやって来た場所は過去に子ギルが滞在していたという街だった。
「今日は少し蒸してますね。何か飲み物を買ってきます」
「私もついて行っちゃ駄目かな? 危険性が低いとはいえ一人になるのは怖いし……」
ぱちぱちと数回瞬きをして極上の笑顔を浮かべた子ギルにきゅん、と心臓が跳ねたのを感じながらこちらも笑顔を向けると小さいながらしっかりとした手が梓の手首を掴んだ。
「ここから先は混むので手を繋いで行きましょう」
"あの"英雄王の幼少期だし、見目以上に体がしっかりしているのは当たり前か……と我ながらよく分からない理由にも関わらず腑に落ちていると絡まっている手の力が強まった。
「想像以上に小さくて柔らかいです」
繋がれたままの手を上に持っていき子ギルはそのまま梓の手の甲に口付けた。顔が熱を帯び、まともに言葉も話せなくなっている少女と対照的に余裕綽綽な様子の子ギルは再度しっかり手を繋いで梓の前を歩き始めた。
*
昔ながらのレトロな空気漂う店の暖簾を潜った二人は近くのテーブル席に肩を並べて鎮座していた。いつもより近い場所に居る子ギルにまた心の臓が早鐘を打っている梓に気付いていない少年王は暫くメニューに視線を落としていたが、何にするのか決まったらしくメニューを折り畳んでそっと差し出してきた。
「ひとつ賭けをしませんか? 内容は至ってシンプル、相手が注文するだろうメニューを予想するだけ。当たればどんな事柄でもお願い出来る」
見る者全てを魅了する蠱惑的な笑顔をしながら出された提案を誰が断れるだろう。気付いた時には首肯しており、こぢんまりとした店内に見合わず恐ろしいまでに豊富なバリエーションが存在するメニューを上から順番に目を通していく。
「注文する品数を聞くのは大丈夫?」
「ボクは二品頼むつもりです」
「複数注文する場合、一つでも当たっていたら勝ちというルールを新たに追加するのは?」
「他でもない梓さんのお願いだしいいですよ。……ボクは何品頼まれても当てられますし」
メニューと子ギルを険しい表情をして見比べている梓に少年の言葉は最後まで届かず時間かけて立てた梓の予想は全て見事に外れ、子ギルの注文予想が的中した事に梓は座していたソファーに呻き声を漏らしながら崩れ落ちた。
運ばれてきた食器とグラスをはにかみながら受け取る子ギルが御機嫌なのは誰の目から見ても明らかである。後から届けられたぽってり丸い器の中から漂う甘い香りに梓もつられて口端を上げた。
「このパンケーキかパフェかで悩んでられましたね」
フルーツとクリームが添えられたパンケーキに蜂蜜をかけ丁寧に切り分けている子ギルからそう問われ、梓はミルクと砂糖がたっぷり入っている紅茶から口を外すと照れ臭そうな表情をして子ギルから目線を外した。
「以前エミヤに三時のおやつを作ってもらった時の事覚えてる? フルーツ盛りだくさんのパンケーキを美味しそうに食べてるギルくんの顔が凄く印象に残っていたし、すき……むぐ」
「ボクも甘い物を美味しそうに食べてる梓さんの顔が大好きなので、両想いですね!」
パンケーキにフルーツ、生クリームに蜂蜜と甘い物全乗せの一切れが強引に口の中に放り込まれる。話を無理矢理逸らした感は否めないが、このパンケーキには罪はないのだしギルくんの好意に甘えて美味しくいただく事にしよう。
「私のシフォンケーキも一口どうぞ」
生クリームを掬って隣のギルくんに差し出した際に偶然唇に触れてしまったフォークを見て数秒思考が止まる。青年となった彼が騎士王から顔を顰められ冷ややかな眼差しを向けられている時に見せる愉悦を感じた時のような悪い顔をした子ギルが無防備な梓を放っておくわけもなく、口の端に柔らかな感触を残していった。
「あ、すみません。クリームが付いてたのでつい」
「つつつ、つい!? 中々思い切ってるね?!」
"デート"なんて名目で二人きりで出てきているからいつもに増して意識しているだけ、からかわれているだけだと自分に言い聞かせても一向に顔の熱が引く気配はない。
その間にパンケーキ三枚を綺麗に平らげてしまった子ギルは先程から挙動不審な梓の姿を心底愉快そうに目を細めて見つめ、トドメとばかりに唇を耳元に寄せた。
「続きは帰ってから梓さんの部屋でしましょうね。それがボクのお願いです」
いよいよ意識を手放しそうになっている梓のお腹に顔を埋めた小さな王がどのような顔をしていたかは、誰も知る由はない。