CCC次元 惚気るマスター
「何か良い事があったの?」
私に背を向ける間際、梓の顔がいつになく朗らかなものになっていたような気がしてつい呼び止めてしまった。
深緑の瞳を瞬かせ凛を視界に捉えた梓は暫し考えるような仕草をした後、これまで見たこともないような極上の笑顔をしてみせた。
周囲に彼女以外の姿がないことをよく確認して梓が凛と開いていた距離を詰める。
ーー甘い匂いが鼻腔を駆け抜けた。
「大した…いや、やっぱり一大事……うーん…?」
「早く吐きなさい気になるでしょ。というか貴女さっきから何を食べてるの?」
言葉の続きを催促されたにも関わらず梓は頬を薄っすら朱色に染めてえへへ、と先より締まりのない顔で笑んでいる。
「王様…じゃないやギルが私の事を認めてくれたのが凄く嬉しくてね。それに怪我がないかとか心配をーーー」
「(惚気か…)」
チッと思わず舌打ちしてしまいそうになったのを何とか取り繕ってそう、と返す。
……彼女が今日まで歩いてきた道は決して平坦なものではなかったと凛もよく知っている。
専門知識はおろか自身の記憶すら持ち合わせていない、一見何処にでも居そうな女の子。それが遠坂凛が初めて紅月梓と相対した際に抱いた印象だ。
そんな至って普通の少女が敵性エネミーに取り囲まれ一か八かで教室の窓から飛び降りた結果全ての令呪を代償に金色の鎧を纏った威圧的なサーヴァントと半強制的に契約を結び、未熟な新米マスターへと相成った。(他に選択肢が存在しなかったの!とは本人談)
傲岸不遜な金ぴか…ギルガメッシュの一挙一動に萎縮して慄いていた梓が今の自分を見ればさぞ面白い反応をするだろうと彼女のリアクションを想像して、凛は口角を僅かに釣り上げた。
「…ん…凛ちゃん大丈夫?体調が優れないの?」
「何でもないわ。私のことは良いから早く行ってあげなさい」
きっと痺れを切らしているわよ、と続くはずだった言葉をわざとらしく、遮るように梓の側に姿を見せたサーヴァントの眉間には深い皺が寄っている。
(自分以外の人間が彼女を拘束していたのが余程不快だったようだ)
「王たる我を待たせるか。良い度胸だな梓」
「ひいッ!痛ふぃ…ギルふぉめん!」
頬を抓り、有無を言わさずマスターの腕を引いて連行していく"だけ"のギルガメッシュの背中からは全く刺々しさを感じない。
知り合った直後の彼に同様の行為をしていたら無言で梓の首を切断していたかもしれない。と考え浮かべただけで一気に肝が冷えていくのを感じた。
視界の隅から消えるか否かで梓の腕を解放したギルガメッシュが小さな手に何かを握らせる。
「(ーーーそれ、だったのね)」
握らされた薄黄の飴を大事そうに両手で包みギルガメッシュを見上げる少女の髪は陽の光を浴びて煌々と輝き、表情も二人を包む陽の光と同角…いやそれにも勝っているのではないかと錯覚してしまうまでに喜びで満ちている。
「初めて恋を知った乙女かっての」
梓を見つめ返す王の瞳に何が宿っているのか…なんて考えるだけ時間の無駄。
すっかり侘しくなってしまった生徒会室に凛の大きな嘆息が響いた。