誰もいないはずの薄暗い部屋の中から響いてきた声は怒気が混じっているように思えた。
「ダ女神ってイシュタル?道端でばったり会ったから少し立ち話してただけだよ。アンタは無理をし過ぎるところがあるから気を付けなさい、って」
そんなつもりはないんだけどな、と言いたげな梓の言い草にギルガメッシュは眉を顰めた。
先日、と言って良いのか分からないが初めてこの娘と対面した時の、蒼白い顔は今も忘れることが出来ない。
目の下に薄い隈を作り、辛くてしんどいのは自分だけではないからと全てを飲み込んでその代わりに笑顔を振り撒いているようにも映った。
今日まで様々な人間、はたまた英霊達と交流し同時に別れも背負い積み上げてきたと号する彼女の双肩は我でも驚いてしまう程に細い。
カルデアに属する全職員から無意識下に寄せられる期待。サーヴァント達からの厚すぎる信頼。
"いつしかそれが重圧となり梓の首を締める
幾重にも折り重り歪な形を成したそれは彼女の躰に伸び、真綿のように締め上げる。
本人はそれに気付く事なく、健気にそれら全てに応えようとするのだからどこまでも救いはない。あるとすれば我と同じように過労による"死"のみか。
王宮に王を呼ぶ声が止むことはなく、捌いても捌いて湧いて出る問題の山。
ごく僅かな時間を割いての仮眠すら許されない多忙を極めた多忙。
それを我は苦に感じた事などないがこの娘は違う、心を騙す事に慣れてしまっただけの一般人。
人類を救えるなら自身の命は惜しくないと考える一方でいざそういう判断を迫られると躊躇いが出てしまう、そんなどこにでも居る"普通"の少女。
「たまには他の者の意見も素直に受け止めよ。バビロニアで王宮に足を踏み入れた折の貴様はそれはそれは酷い顔であったぞ」
「え…う、嘘だ!そんな事ないって」
「自分の体を己が一番に労らずどうする。それとも我と同じ道を辿りたいか?」
「それは絶対ないと思いますが…」
「御託いい。もう夜も深い、今すぐ就寝するがよい。……我の事に関しては気にするな明日の朝目覚めてからでも構わん」
梓に絡みついている歪で頑丈な鎖を緩めるにはまず梓に己の危うさと自身の重大さ理解してもらう必要がありそうだ。
ベッドにも横たわるなり寝息を立て始めた梓の白磁の肌を撫でながらそっと額に唇を落とす。
「夢の中でくらい何にも縛られず自由に駆けることくらいは許されるだろう。……よい夢を」