ただ妬かせたいだけ

「それじゃあ私は少し出掛けてこようかな」
「マーリンさんは一緒に来て下さらないのですか?」
マシュからの問いかけに眉を下げて少し困ったような顔をしていたくせにこちらと視線が交わった瞬間、口角を釣り上げた。

「どーしても外せない用事があってね。何とか今夜中に帰れるよう心掛け」
「耳に入れる必要はないからねマシュ。立香さんもこんなの放っておいて行こう」
マシュと立香さんの腕を掴んで部屋を後にする。後ろから聞こえる行ってらっしゃ〜いという悠長な声には返事なんてしてやらない。

「梓さんどうしたんですか?顔が険しいですが……」
「こらマシュ!!」
「大丈夫だよ立香さんありがとう。マシュも気にしないで」
ね?と強く押せば彼女は腑に落ちていないようだがそれ以上追求してくる事はなかった?
その日は胸で轟くモヤモヤとした気持ちを晴らすべくいつも以上に
力の入れた。
熱の入れ具合に2人から無理しすぎないようにと注意されるほどだったので、自分が思っていた以上に気張りすぎていたのかもしれない。
太陽が陰り空が薄紫色に染まる頃には指1本動かすことも出来ないまでに疲労困憊状態に陥っていた。

「立香さんごめんなさい…」
「気にする必要はないよ。今日はゆっくり休んで」
背負ってマイルームまで運んでくれた立香さんに礼を述べながら別れた後頼りない足取りでベッド前まで歩き、そのまま勢いよくダイブする。
布団の柔らかさと肌触りのよいシーツにそのまま意識が遠のいていきそうになった時、朝から姿を見ていないあの男の事を思い出す。
今夜中に帰ってこないとなるとアレですか所謂朝帰りというものをなさるおつもりですかマーリンは。
女の子が好きと度々口にする人だし私にそれを制限する権限なんてない。
頭では分かっているつもりだが心がそれに追いつけない。

「……はぁ、目が冴えちゃった」
自分が思っていた以上に時間が経過していたらしい。窓から覗く月が随分と高い位置まで昇っている。
依然として晴れない胸のもやもやは喉に刺さった魚の小骨のそれど同格に思える。
寝る事を諦め上体を起こした私の瞳に映りこんできたのは、白。

「おはよう梓起こしてしまったかな?」
「眠っていなかったので問題ございません」
「こんな遅くまで?女の子なんだからちゃんと眠らないとダメじゃないか。どれ」
目の前にまで迫ったマーリンから漂うのは優しい花の香りではなく、どぎつい女性物の香水の匂い。
……やっぱりこの男は、今日そういういかがわしい場所に赴いていたのだ。
瞬時に生理的な嫌悪感が働きベッドに腰掛けたマーリンと距離を取る。

「そんな端に座っていたら落ちてしまうよ。私に何か言いたげな貌をしているね」
「別に!何もありません!!」
「君、嘘をつけない性分ってよく言われない?目が泳いでる」
「え、うそっ!?」
勢いよく顔を上げるとしたり顔の魔術師と目が合った。

「私に言いたいことがあるんだよね、梓」
「……マーリンがこんな遅くまで帰って来ないのも嫌、だけど」
「ふむふむ」
「そういうお店に行って自分の服に誰とも知れない人の匂いをつけて私の部屋に来たのが凄く、とにかく嫌!恋人でも何でもない私がそんな風に感じることもそれをマーリン自身にぶつけることもおかしいって分かってる。分かってるけど……!」
「うんうん」
「真面目に聞いてないでしょ!触ら、ないでってば!」
誰に触れたとも知れない手で私に触らないで欲しい。純粋にそう思って頭の上に乗っていた手を払い除けたのに、この男は気持ち悪いほどニコニコ笑って再び頭を撫でる。
この人の行動が、言動が、全てが分からない。

「梓からこんなに愛されて私は幸せだな……この服の匂いは私が自分で意図的につけたものだよ」
「は?」
「更に付け足すと君が想像しているような店にも足を運んじゃいない。何もせず一日ぼーっと過ごしていた」
信じるも信じないも梓次第だよと髪を撫で続けながら言われて信じない人間など居るはずがない。
はぁ、と大きな溜息をついてマーリンの全てを許し言動を信じてしまうのは間違いなく惚れた弱みというものなんだろう。

「マーリンのこと信じる。だからさっきのアレは全部忘れて下さい」
「滅多に本音を零さない君の貴重な本心だ。忘れるわけがないさ」
「実力行使するしかないか……令呪を持って」
「はい忘れた!今綺麗さっぱり忘れたよ!!」

(忘れたとは口だけで忘れた頃に持ち出してからかってくる花の魔術師)

極夜