夢主は異界から現れた魔術師
大団円に向かっていた…という言い方も些か誤謬がある。私達は大団円へと進み明日を勝ち取ったのだ。
仲間達と歓喜に胸を震わせていた私はこの時、自身の体の異変にもじわじわと迫る暗い影にも気付かずじまいであった。
「見事な手腕だったね。マイロード」
「夢の中にわざわざ姿を見せてまで言うことでもないでしょう?だけど気持ちは嬉しいな。ありがとうマーリン」
名も知らぬ赤く可憐な花々に囲まれた、言葉では表現し難いほどに美しい空間に私とマーリンは佇んでいた。
ひっきりなしに花弁が巻き上がり、甘く心地よい花の香りが鼻腔に届く度に頬が緩んでしまう。
「私の腕なんて大したものじゃないよ。みんなの力があってこそ、だから」
「梓の殊勝な態度も相変わらずだね。だからこそ名だたる英霊達が力を貸さんとあの場に集ったのだろう。よく頑張ったね」
──とても長い、あまりにも長く険しい1年だった。
希望を遥かに上回る絶望に苛まれ、時に怯え挫けそうになりながらも歩みを止めなかったからこそ私達は勝利する事が出来たのだ。
今日までの出来事に思いを馳せて目を伏せる。本当に、色々な事があった。
「さて、では本題に入るとしよう。君は以前全ての問題を片付けたら私と共に
「勿論。忘れたことなんて片時もなかったよ」
心底安堵したように表情を和らげたマーリンがこちらに手を差し伸べる。
私は彼のその手を疑うことも、躊躇うこともなく掴み取った。
「本当にいいのかい?今の言葉の意味が分からないわけでもないだろう」
「カルデアには頼もしいマスターと仲間達が居るから。…私が消えても何も問題ないよ」
彼らは私以上に強く逞しくなってくれた。"私"という先輩魔術師はもう、必要ない。
あの面子ならこれからも立派にやってくれるに違いない。
「君がそう言うなら私からは何も言うことはないよ。じゃあ行こうか梓」
魔術師が杖を頭上高くに掲げた瞬間、前方に細長い塔が蜃気楼のようにゆらゆらと姿を現す。
手を繋いだたままゆったりとした足取りで塔の入り口に立ったマーリンはウインクを飛ばして扉を開け放った。
「ようこそ我が塔へ」
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「梓さんこの状態…以前先輩が陥ったものとどこか似ています」
血の気のない顔を除けばただ眠っているだけではないかと思ってしまうほど安らかな顔をしている少女の前でマシュが重々しく口を開く。
あの時の彼はソロモンと視線が交わった事で本人も気付かないうちに呪いを受け、昏睡状態になっていたが今回はそういう訳でもないだろう。
「マシュ、梓ちゃんの状態に何か変化はあったかい!?」
「いえ…相変わらず顔色も悪く、手も氷のように冷えきっています」
部屋に駆け込んできたダヴィンチはマシュの浮かない表情に怪訝そうな顔をし、顎に指を乗せた。
梓がこういう状態に陥っていの一番に騒ぎ出しそうな男の姿が全く見えない事が気にかかって仕方がない。
何にでも疑って掛かるのは良くないと分かってはいるが状況が状況だ。気になることを全て疑ったところで罰は当たらないだろう。
「……以前、マーリンさんがこう漏らしていたんです。カルデアに属するマスターとスタッフ、みな素晴らしいと。その言葉に私も先輩も照れくさそうに笑っているなかで梓さんは暗い顔で俯いていました。その時はどうしてそんな顔をなさっていたのか分かりませんでしたが……」
今まで大先輩と呼んで慕っていた紅月梓はいかなる時も動じることなく、凛々しい姿で私達の行先を指し示してくれていた。…本来この空間に居るはずのない、異界の人間にも関わらず。
緊急事態が故に誰も深くは追求をせず彼女の言葉に甘えて力を借りてきたが、それが裏目に出ていたとしたら?
「……あの男は前々から綿密に彼女の中に楔を打ち込んでいたってわけか」
誰からも触れられないことに安堵しながら人一倍その事を気にしていた少女の心に深く刺さる言霊を吐いて、じわじわと追い詰めていく。ロマンの言っていた通り下衆中の下衆じゃないか。
「マシュは引き続き梓ちゃんの容態を見ていてくれるかい?幾つか心当たりがあるからちょっと探ってくるよ」
荒々しく扉を開け放ち部屋を後にしたダヴィンチの瞳には男への殺意と、少女の負の感情に気付けなかった己に対する憤りで満ちている。
ーーその様子を塔から眺めていた花の魔術師は腕の中で眠りついた少女の髪を撫でながら薄ら笑っていた。