海日和

細かい経緯は省かせていただきますがただ今、水面煌めく海に来ております。
地平線の彼方まで広がる海原、鼻腔を擽る磯の香り。どこまでも広がる白い砂丘と照りつける太陽。

「今日は良い海水浴日和ですね!」
「ソウダネ(押しに負けて結局来てしまった……)」
と、その太陽に負けず劣らず眩しい子ギルの笑顔。
その表情からどれだけ彼が今日を待ち侘びていたのか想像するに易く、片言で返事をしながら首筋から流れ落ちる汗を拭った。

「じゃあ泳ぎに行きましょうか」
「え、もう!?ちょっと待ってギル君」
「日焼け止めを塗り忘れているのなら手伝いますよ」
小さな白い手を出して日焼け止めを要求してくる子ギルに首を振って丁寧に断りを入れる。
日焼け止めに関してはいつもに増して念入りに塗りこんだので死角はない、バッチリだ。

「(何せスタイルの良い人が身近に居すぎるんだよね)」
素晴らしいスリーサイズを有する勝気なツインテール少女と豊満な胸を持つ可愛い後輩の姿を瞼の裏にチラつかせていると嘆息が零れてくる。
自分の体に自信なんてないし、持てるはずもございません。

「この期に及んで何を言ってるんだと思うけど、実は水着を忘れちゃって……」
「嘘は駄目ですよ。その鞄の中に入ってるって、知ってますから」
梓が小さく呻いてる間に子ギルの手が鞄の金具に伸び、梓であれば絶対に選ばないであろう布地面積がやや少ない水着──早い話がビキニが顔を覗かせた。
第三者に見られていないことを祈りながら、梓は反射に近い形でその水着を鞄の底に押し込む。

「梓さんに似合うと思って選んだのになぁ」
「着る、ちゃんと着ます!!イメージと違いましたとか苦情は受け付けな……っ!」
したり顔の子ギルと視線が交わった梓が嵌められたと気が付くまで時間は要さなかった。
ボクも着替えてきますね。と穏やかに微笑み踵を返した子ギルの背中が小さくなっていくのを見守った梓は殊更大きな溜息を吐き出し、鞄から僅かにはみ出ている鮮やかな赤の紐に視線を落とした。

***

「(変に露出があるビキニより恥ずかしいかもしれない)」
子ギルからビキニだと聞いて勝手に安心していた自分が馬鹿だったと気付いたところで後の祭り。
胸元と腰元に存在する絶妙な空間から覗く素肌と露出度合いに人目があるのも忘れて変な声を上げてしまったのは彼には黙っておこう。
奇っ怪な目を向けている人達に頭を下げパーカーの袖に腕を通しながら更衣室を後にする。

「どうかしたんですか?パーカーなんて羽織って」
「ひゃああああ!!」
「あまりに梓さんが遅いからナンパとか変な人に目をつけられてないか心配になって見に来たんですけど……傷付くなその反応」
「ごめんねギル君!心配してくれてありがとう」
子ギルの紅い瞳が白いパーカーに刺さっているのに気付いていない体を装い、態とらしく視線を逸らしている梓に今度は子ギルが溜息をついた。

「……梓さんがあくまでそういう態度を崩さないのであればもういいです」
「えっ?」
泳ぐことを諦めてくれた!?と僅かに心踊らせた梓だが少し前に見た彼の笑顔を思い浮かべると神妙な気持ちにもなってしまう。
そんな梓の心情と裏腹に先よりも綺麗に笑んでいる子ギルは彼女の手に自身の指を絡めてそのまま引き返す……はずもなく。
あっという間に波打ち際まで梓を誘い、そして──。

「ちょっと待ってギルく……!!」
ばしゃんと押し寄せた波が頭のてっぺんから降り注ぎ、開いていた口に侵入してきた海水の塩辛さに顔を顰めキッ!と子ギルを睨みつける。

「梓さんがいつまでもうじうじしているからですよ。パーカーも海水で濡れちゃいましたし、もう脱いじゃいましょ?」
ね?と付けたし梓のパーカーのチャックを勢いよく引き下ろしてあっという間にひん剥いた彼は金魚のように顔を赤らめ口をぱくぱくと開いている彼女の耳元でこう囁いた。

「ボクの直感は外れていなかったようですね。梓さんにとっても似合っていますよ」

極夜