おかえりなさい愛しい人

昨年のクリスマスイベにちなんだお話

立香を先に冥界へと送り出した賢王は渋る梓の艶やかな髪を撫でながら、あやすように声を掛ける。

「我に対する心配は無用。貴様の成すべき事をしてくるがよい」
少女の背中が遠のいていくのを見送った賢王は膝からその場に滑り落ち、自身の指先さえ霞んで見えないという己の醜態を笑いながら目を伏せた。
あやつならば此度の難事もきっと解決してくれよう──根拠のない確信に口元を緩め、王は気怠さを訴える本能に従い意識を落とした。

***

どれほどの時間意識を手放していたのであろうか。
じっとり汗ばむような暑さと不快感はすっかり霧散し、最後に意識を飛ばした場所と異なる空間に己が存在している事に王は目を瞬かせた。
自身が横たわっている所……ベッドが彼女の私室の物であること、そしてベッド脇に椅子を置いて舟を漕ぎながら賢王の左手を掴んでいる梓の姿に自然と彼の表情も柔らかくなっていく。

「やはり貴様は信頼に足る雑種よな」
どれほどの時間こうしていたのか王の知る由ではないが、小さなその手は恐ろしいまでに冷えきっていた。
冥界で事を終えてから誰かにここまで運んでくれるよう嘆願し我の看病でもしていたのだろうかと小さな机の上の桶とタオルに視線を向け、憶測を立てた王は月明かりに照らされいつもに増して白の色を帯びている梓の寝顔を眺める。
今日のように冷え冷えとした夜に毛布も掛けず、このような状態で居るなど自ら病に罹りにいっているようなものではないか……と賢王は嘆息をつく。

シュメール熱に対する抗体はあったものの、この時期に流行る風邪に抗体も何もあったものではないだろう。と思っていた矢先に小さなくしゃみをひとつ吐き出した梓のぼんやり朧気な瞳と視線が交わる。

「お、うさま……目、覚めたんだね」
「貴様の働きのお陰よ。斯様な場所で舟を漕いでいては梓が風邪をひいてしまうぞ」
ふにゃりと顔を綻ばせている梓の腕を強引に掴んで胸元に顔を押し付ける。

「……おうさま、あったかい」
「今日は疲れたであろう。ゆるりと眠り疲れを癒すがよい」
ギルガメッシュの言葉に従うように、或いは誘われるように深い眠りの底に落ちていった梓の唇の端に口付けを落とした王もまた満足そうな表情を浮かべ彼女を抱きしめ直すと、緋色の瞳を瞼で覆った。

極夜