純白の花束を添えて

※プーサー夢としておきながらマーリンが出しゃばる

「漸くこの時が訪れたようだよマイロード」
「この時……マーリンさんどういうこと?」
ティーカップに揺らめく紅茶から漂う心地よい花の香りにうっとりしながら舌鼓をうっていた梓の姿を突如菫色の瞳が捉えたと思うと、花の魔術師は意味深な微笑を浮かべた。
そうしてカップに残っていた紅茶を一気に飲み干してしまうと、梓に対しても同様に早くそれを飲み干して欲しいと言ってくるものだから本当に何が何だか分かりゃしない。

敵前に於いて「戦うのは得意分野ではないのだけどね」などと言いながら杖に仕込んだ剣で行く手を妨げるものを退ける花の魔術師。
それなりに長い付き合いをしている梓ですらこの男の本質全てを把握出来ていない。
雲或いは風のようにふわふわとしていて捉え所のない、千里眼を有する人物──というのが彼女が抱くマーリンという男だ。
梓自身、マーリンの事を更に知ろうと日々奮闘しているのだが彼はそれをいつものらりくらりと躱してしまう。

「私の口から話すより実際見てもらった方が早いだろう」
白銀の髪と純白の法衣にも似た裾の長い服を揺らし、私室から抜け出たマーリンを追わなくては!
生温くなっている紅茶を喉奥に流し、小走りで消えた彼を追うと扉を出て直ぐの場所に立ち止まって静かに佇んでいた。

「そんなに急がなくても君を置いていったりなんてしないよ。それじゃあ気を取り直して……行こうか梓」
力強く頷いた少女は今度こそマーリンの背中にぴったりとくっ付いて──。

「……出来れば後ろじゃなくて隣に居てくれる方が嬉しいね」
前言撤回。マーリンの手が梓の指と絡まり結果として肩を並べて歩くことになった。
ほんの少し胸をときめかせている彼女の考えなどお見通しなのか、口元を緩めた魔術師はゆっくりとした足取りでその場所を目指すのだった。

***

「……さて。ここから先は君の仕事だ。何も肩筋を張る必要はない、いつも通り流れに身を任せていれば良い方へ事は運んでいくさ」
彼に連れられて来たのは英霊を召喚し、契約を結ぶ折に使用する部屋の真ん前。
以前、新たな英霊と契約を結んだのはいつだっただろう。
それすら思い出せない程にこの部屋に足を運ぶのはご無沙汰な気がする。

「大丈夫。梓が"彼"と共にこの部屋から出てくるまで僕はここで待っているから。さあ行っておいで」
後ろ髪引かれる思いで足を踏み出す。
神秘的な光を纏っている装置を前に目を固く瞑り、意識を集中させる。
──その直後久しく体感していなかった莫大な量の魔力がどこからともなく溢れ出し部屋を、梓を包み始める。

「この魔力量は……!」
間違いない。これは以前にマーリンをカルデアに召喚した時と同じ。今召喚されようとしている人物は彼に負けず劣らずな力を持つサーヴァントに違いない。
薄目を開けて魔力の暴走にも似た光景を見守っていた梓をカッ!と一際眩い光が襲う。
それを最後に収縮していった光の中で片膝をついているのは、蒼色のフードを目深に被った人物。

「僕はセイバー。君の声に応え現界を……ああ、もしかしてこのフードで顔が見えないから恐怖心を与えてしまっているのかな?気が付くのが遅くなってごめんよ」
彼の声に耳を傾けていると自分の心が不思議と落ち着いていく。
柔らかな声を響かせながら青年の手が蒼のフードに手をかけると太陽のように眩しく煌めく金の髪が現れ、森林のように穏やかな色を帯びた緑の瞳に梓の姿が映り込む。
自分がよく見知った"騎士王"の外貌とあまりにも似通って──否、瓜二つと断言してもいい。

「僕はアーサー。アーサー・ペンドラゴン」
「……このカルデアにいらっしゃるアルトリアさんのお兄様でしょうか?」
梓からの問いかけに深緑の瞳をまあるくしたアーサーは顎に手を置いてほんの僅かな暇、考える仕草をしたがやがてゆっくりと首を振った。

「……ここは花の魔術師である私に任せてもらおうじゃないか」
「マーリンさん!」
「マーリンだって!?」
プシュッと音を発して開け放たれた自動扉から姿を見せた白銀の魔術師の名を聞くや否やアーサーの目が驚愕の二文字に染まる。
身を乗り出してマーリンを凝視してくるアーサーに肩を竦めながら当の魔術師は「とりあえず部屋から出ようか」なんて呑気に、いつもの声色で発した。

「お互いに情報が行き違ってるようですし、一度私の部屋に来ていただいても?」
「きっとそれが最良の選択なんだろうね。マスターの指示に従うよ」
相変わらず彼の瞳は梓の隣を陣取るマーリンに注がれっぱなしであったが、かと言ってこの場で留まっておくわけにもいくまい。
行きと同様に指を絡め取られた彼女は後ろから蒼の衣を纏った騎士が付いてきているのを確認しながら再度自室の扉を潜った。

***

「梓が知っているアルトリアも目の前の彼も間違いなく騎士王。そうして私も花の魔術師、キングメーカーとも称されるマーリンだ」
「アルトリアさんはアーサーさんを影武者として雇ってた?うぅん……」
「ほらほら落ち着いて。きっと彼は私達が知る世界とは別次元──異次元の世界に存在するブリテンを統べる騎士王なんだよ」
「……異次元か、それなら納得が行く気がするよ。僕の世界のマーリンは男性ではなく女性だったからね」
「女性のマーリンさんがどんな感じなのか気になるなぁ。良ければそちらのスコーンもどうぞ、お口に合うか分かりませんが」
アーサーが一言一言発する度、その美しい瞳が白い皿に盛られたチョコチップ入りのスコーンに注がれていたのを横目で見ていた梓が、遠慮がちに皿を差し出す。
すると彼は深く礼を述べて、早速スコーンに齧り付いた。

「優しい味がするね。これは君が……そう言えばまだ名前を聞いていなかったねマスター」
「名乗るのが遅くなってすみません。私は紅月梓と申します。貴方の事はアーサーさんとお呼びさせていただいても良いですか?」
「王様だからと畏まる必要も敬語も要らない。今日から僕は梓を守る剣であり同時に盾だ、気軽にアーサーと呼んでほしい」
「アーサー……さ、ん」
異性を呼び捨てで呼ぶことに慣れていないのか、彼の名の後に小さく敬称を付けた梓はきゅっと唇を結んで俯いてしまった。

「実戦経験豊富で的確な指示を飛ばしてくれるマスターだと私が保証しよう。ほんの少し異性に対する免疫がないけどそれも愛嬌の一つだよね」
「マーリンさん!アーサーさ……アーサーに余計な事を言わないの!」
キッと眦を吊り上げた少女を宥めながら彼氏もまた異世界の騎士王に倣ってスコーンをひとつすくめ取る。
花の魔術師……白色……そこでやっと我に返ったアーサーは梓の名を呼ぶと、どこからともなく取り出した純白の薔薇の花束を手渡す。

「手持ち無沙汰で召喚に応じるのは王としてどうかと思ってね。僕の気持ち受け取ってほしい」
「お気遣いいただかなくて大丈夫で……だよ」
「やっぱり敬語抜きで話すのは難しいかな?」
「これから少しずつ慣れてい……くね。ありがとうアーサー」
ぎこちなく微笑んだ少女にはにかんだアーサーの髪を、窓から入り込んできた暖かな風が撫で上げた。

極夜