流石にそれは止めて下さい

「先月は馳走になったな。梓手製の菓子、悪くはなかったぞ」
「本当に?良かったぁ(最悪、食べられる前に捨てられるかもしれないと腹を括っていたのは心の中に秘めておこうっと)」
あの王様……天上天下唯我独尊な我が王が自ら姿を現しただけでなく、律儀に礼など述べるだなんて天変地異の前触れではないだろうかと眼前の人物に対して大層不敬な事を考えていると彼──ギルガメッシュがおもむろに片手を挙げる。

「ええっ!?ま、待ってギル!確かにほんのちょーっとギルに対して不敬な考えをしてはいたけど、流石に廊下で宝具の開帳は……っ」
「この我自らが出向いてやったというのに頭を垂れるどころか魂が半分抜けたような言葉を返してくると思えば……良い。此度の不敬一度限り許そう」
「(許された……!)」
先程から顔を合わせ話をしている最中から今日はいつもに増して彼の機嫌がいいなと感じていたが、どうやらそれもあながち間違いではなさそうだ。
普段のギルガメッシュであれば梓が己に対して不敬な事を思っていたと吐露した時点で死ぬかもしれない。
串刺しにされて全身穴まみれだとかそういう惨い方ではなく、夜の営み的な意味で。
営みの内容によっては前者の方がマシだと思うのかもしれないが……この話に関してはこれ以上考えても無意味だろう。

「こほん。ところでご多忙な私の王様がどうしてこんな所に?何か入用だったりする?それともレイシフトの予定を──」
「救いがない程に鈍いな……我が冒頭に何と発していたかすら忘却してしまったか」
「今日は三月十四日で先月……ああ、ホワイトデーだね!」
本日がホワイトデーだという答えに行き着いたは良いものの、既にギルガメッシュからはバレンタインデー当日に彼の瞳を模したような大粒のルビーを嵌め込んだ美しいネックレスを頂いてしまっている。
お返しはもう貰っているのだから、ホワイトデーなんてあってないようなものだと少なくとも梓の脳内では完結していた。
なのでホワイトデーという言葉が導き出された後も疑問点が置き去りにされている。

「意味が分からぬという顔をしているな。まあ良い、とにかく梓の部屋へ赴くぞ。この場で宝物庫を使用するなという約定渋々だが聞いてやろう」
「今日はいつになく聞き分けが良くて優しいね?」
「……その口、今すぐ塞いでほしいと見える。よほど見世物になりたいか」
「ひ!滅相もないです!!」
そんなやり取りをしながらギルガメッシュに腕を引かれ白色の扉を押し開く。
背後から王が入ってくるのを感じながら近場の椅子に梓が腰を下ろしたのを確認したギルガメッシュの肩が徐々に震えていく。

「ギル……?」
「フハハハハ!!先月の礼、余すことなく受け取るがよい!」
彼の背後からあまりにも大量の何かが噴出されようとしている。
どっと滲み出た脂汗だとか冷や汗が背中を伝い落ちていくのを感じながら、得体も知れない何かの噴出を止めようと立ち上がった梓の手に金色のティアラがぽろりと落とされる。

「その程度の宝物で満足する雑種でもあるまい」
「もう充分です。もしかしなくとも今ギルが出そうとしてるモノって金銀財宝の類いだったりする?」
「この世の全ての財を集めた我に分かりきった事を聞くでないわ。今この場に相応しくない銀など出すはずがなかろう」
「(……つまり、今この人は金で作られた物を私に投げ渡そうとしてるってこと!?)」
彼を囲うようにして現れる金は照明の光を反射して目を開け放っているのが辛いと思うほどの輝きを放っている。

「あの、えぇっと……金の方は既に間に合っておりますのでお引き取り下さい!先月貰ったルビーのネックレスで充分です!!」
脱兎の如くギルガメッシュの前から逃げ出した梓はそのまま質素なベッドの掛け布団を捲り、その中へと逃げ込んでしまった。
頭からそれを被り恐る恐るといった風に英雄王が金を収めてくれているか確認してくる雑種の姿があまりにも滑稽で、愉快で、それでいて愛おしい。
パチンとギルガメッシュが指を鳴らすと同時に消え失せた眩い金に息を吐く梓に性急に詰め寄り、どっかりと貧相なベッドに腰を落ち着け長い脚を組む。

「それは既に貴様の物だ。好きにするがよい」
「いやいや!このティアラも回収しよう!?」
「人類最古の英雄王と称される我が梓へ個人的に贈った物だ。ティアラは常日頃身に付けている事が難しいかもしれんが、先月のネックレスであれば話は別よ」
未だに黄金の装飾品の眩さに慣れないのか目を細め慎重にティアラをベッド脇にある小さな机に置いた梓はそれの代わりに赤い石の嵌め込まれたペンダントを引き出しから取り出すと、それを身に纏った。

「ギルの気持ちは余すことなく受け取ったから以後、こういう心臓の負担になるような事はやめてね」
「斯様な事で心の臓に被害を受けていては後が恐ろしいな。そうは思わんか梓よ」
これ以上肝を冷やすような事を敢行するつもり!?と心情をありありと顔に出してくる梓の胸元で輝く鮮やかな赤を前に、王は満足気に鼻を鳴らすのだった。

極夜