心の拠り所

「いつの時代でもお年寄……年配者の朝は早いんだね!」
「この程度で済んだ事に感謝するがよい。分かったな梓」
直後頭に鈍い衝撃が走る。篭手をつけていない左手で叩いたあたり彼なりに私への配慮はあった……のだと思いたい。
それでも人類最古の英雄王から見舞われた一撃は人間である私からすれば手痛い事この上なく、ズキズキ脈打ち痛みを訴える頭部を擦りながらじろりとギルガメッシュを睨みあげると鼻で笑われた。

ウルクを統べる王として召喚された彼は全身を金色鎧で固めている時と些か考えが異なるようでアーチャークラスのギルガメッシュを語る場合、唯我独尊または傍若無人などが最適なのだがキャスタークラスで現界したギルガメッシュは己より他者、ウルクの民を第一としている。
肩を並べ戦ったバビロニアでもひとつ、またひとつと散り逝く愛すべきウルクの民や兵達に下唇を噛んでいたのを見たのだからまず間違いない。

然しながらこの場所は彼が愛し守ろうとした国ではなく、カルデアという機関なのだ。
あの世界で見たような酷い顔こそしていないものの、それでも相変わらず目の下には薄ら隈が出来ているし見ている私がヒヤヒヤするような事もままある。

「最悪、令呪を使って眠ってもらおうかなぁ」
現界にあたって割り振られたきらびやかな自室に見向きもせず、仕事部屋として勝手に使用されている私室に向かいながら左手の令呪を撫でる。
過労死を経験しているというのに、彼は反省はおろか自身の行動を省みることすらしない。
偶にはマスターである私から強く言ってみよう!
決意新たに踏み込んだ私室のテーブルに目を見やるが誰も居ない。……と思いきや簡素なベッドに体を横たわらせ静かに寝息を立てているギルガメッシュの姿がそこにあった。

床に落ちている紙を苦笑いしながら拾い集め、近くのテーブルに置いておく。
日に日に寒さは和らいできているとはいってもこの人の格好はいつ見ても大変肌寒そうなので出来るのであれば掛け布団をしてあげたいのだが、それは彼の下敷きになってしまっている。
近場にあったタオルケット二枚を使用して彼の体を覆うことに成功した梓は重要ミッションをこなしたような達成感に満ち溢れながら王の寝顔を拝見する。

「仕事部屋であると同時に心安らげる空間になっているのなら、それでいいかな」
梓の独り言にも意識を覚醒させることなく、深い眠りの淵に落ちているギルガメッシュの穏やかな寝顔を満喫した彼女は忍び足でベッド近くの丸椅子に鎮座すると読みかけの本に手を伸ばした。

極夜