誰よりも白が似合う君へ


・男装監督生
・フェアリーガラに気持ちジューンブライドを添えて

 作戦の成功をラギー君、グリムの三人で分かちあい安堵していた私の肩に大きく、筋張った手が置かれる。
ぎぎぎと錆びたブリキの玩具の如く緩慢な動きをしていると肩に乗った手に徐々に力が込められていき、半ば強引に振り向かされてしまった。

「あ、その……レオナさんお疲れ様でした!とてもかっこよかったです」
「聞き慣れた賞賛の言葉をどーも。この草食動物借りてくぞ」
「どうぞどうぞ!レオナさんの相手、よろしく頼んだッスよ〜」

 最後に見たラギー君が口端を上げて笑っているのを見て、私は今から、良からぬ事に巻き込まれるんだと確信した。
 そもそも目的を達成した後なのに、どうして私一人だけが呼び出されるのだろう。

「すぐに着く。黙って俺に付いてこい」
「はい……」

 レオナさんの言葉に嘘偽りはなく、ヴィルさんから手厳しい指導を受けていた広い教室に足を踏み入れた彼は、そこで立ち止まった。
 教室の片隅に設けられた小さな空間にこんなものあったかな?なんて首を傾げていると、レオナさんはその謎空間に私を放りこんだ。
 瞬きしている間にその空間……こぢんまりとした試着室の前で腕を組み、私を見下ろしていたレオナさんは顎先で試着室の隅に置いてある紙袋を指した。

「それを着るまで何があっても出てくるんじゃねぇぞ」
「有無を言わさず連行しておいて更に中身すら知れない服を着ろ、なんていくらなんでも傍若無人が過ぎ……カーテン閉められちゃった」

 突き飛ばされた際にクルーウェル先生が見立ててくれた衣装をどこにも引っ掛けずに済んだのは、不幸中の幸い。
 今の格好のまま飛び出した時を想定した私は、あまりの恐ろしさに小刻みに震えだした肩を両手で抱きしめた。
 中にある物が何なのか全く分からないけれど腹を括る以外、道はなさそうだ。
 煌びやかな装飾品を慎重に、ゆっくり外し衣服を脱ぎ捨てた私は恐る恐る紙袋の中へ手を伸ばし、目の前にある鏡の前に衣装を取り出した。

「これって……」
「おい、まだか」
「もう少しだけお待ちを!」

 紙袋の奥に沈んでいた華奢な金の装飾品と爽やかな緑色の髪飾りを握りしめた私は、急かすレオナさんの声によって完全に開き直ってしまった。
 これを着ている姿を見られたところで痛くも痒くもない、面白おかしくからかわれるだけなのだと、そう決めつけて。

    *    *

「化けるもんだな」
「わた……男の僕としてはあまり喜べない感想ですね」

 カーテンを開け放っての第一声は、素直に喜んで良いのか判断に悩むものだった。
 予期せぬトラブルとはいえ男子校で、一生徒として生活している人間が着るとは到底思えない繊細な刺繍が施された純白のドレスに困惑を隠せずにいると、私を凝視していたレオナさんが突然鼻で笑い飛ばす。

「今まで俺の目を欺けていたつもりでいたんなら、相当目出度い頭をしてるぜ。ついでに言うとそれを見立てたクルーウェルにもバレてる」

 何故!?と問い返そうとして獣人属である彼の嗅覚の鋭さを思い出し、納得してしまうのがまた悔しい。
 それに加えてドレスのサイズがぴったりな理由も、寸法を測る時に一人だけ別だった理由も一気に分かってしまって、空いた口が塞がらない。

「……お前に一番映える衣装をあの場で繕えなかったからそのリベンジだとか何とか、クルーウェルの奴が抜かしてたか」
「リベンジなのは分かりましたが、当のクルーウェル先生を放ってきてますよね、レオナさん……」
「そこは話を通してあるから何も問題ねぇ」

 珍しく表情を綻ばせているレオナさんに見惚れていると、突然のシャッター音が鼓膜を揺らした。
 音の発生源は目の前のスマホもといレオナさん。

「それはお前の物だ。煮るなり焼くなり捨てるなり好きにしろ」
「最初から最後までわ……僕を振り回していきますね!今撮った写真はちゃんと消し──」
「悠長にお喋りをしてる時間なんてあるのか?俺以外の奴にその格好を見られたら、大騒ぎになるだろうなぁ」

 再度試着室に引っ込んだ私の耳にくつくつと低い笑い声が響いてきて、少しだけ泣きたくなった。

 誰かが来る前に何とかドレスから元の格好に着替えられたものの、一部装飾品のつけ方が分からずレオナさんに泣きついたのは墓場まで持っていこうと思う。

    *    *

「俺に何の用だ、仔犬」
「先日先生に見立てていただいた服のお礼を僕、きちんと言えていなかったので」
「…………話はキングスカラーより聞いているだろう。その話し方は止めろ」

 波乱のフェアリーガラから数日が経過し、戻ってきた平穏な日常を享受する……よりも前に私は素晴らしい衣装を用意してくれた先生に感謝の気持ちを伝えるべく、錬金術室を訪れていた。

「では改めて。私のために素敵なドレスを選んでいただき、ありがとうございました」
「礼なら草食動物が一番映えるドレスを見立てろ、費用は全額俺が負担する。と言ってきた酔狂な仔犬に言ってやれ。俺としても有難い申し出であった事は事実だが、その仔犬の後ろ盾あってこそなのだからな」

「え?ま、待って下さい先生」
「実際にドレスを纏った姿を見られるのは費用を工面した自分だけ、緑の装飾品は必ず入れろと細かな注文が多く、辟易もしたが……あれを着たお前を見る日はそう遠くもないだろう」

 ──聞いていた話と違う。
 あの日私が聞いたのはあくまでクルーウェル先生のリベンジであって、そこに至るまでにレオナさんは一切絡んでいなかったはず。
 あの煌びやかなドレスに何マドルかかったのか、考え始めた矢先に酷い立ちくらみに襲われたので、それ以上踏み入るのは止めておいた方が今後の自分にとっても良いに違いない。

「私がこちらの学園でお世話になっている間は、ドレスを着る機会はないと思いますよ?」
「あの仔犬が何も考えず、物を贈るような性分ではないと流石のお前でも分かっているだろう?覚悟だけはしておけ」

 覚悟と聞いて真っ先に浮かんだのはあの日撮られてしまったドレスに身を包んだ私の姿。
 これから事あるごとに写真をチラつかされ、ビクビクしながら生きていく覚悟と、恐怖を背負って生きていくしかないのだろう。

「ドレス代をお返し出来るその日まで、身を粉にしてレオナさんに尽くします」
「……だそうだぞキングスカラー」

 床を踏みしめる度に揺れる長く艶やかな髪と背後から見える細長い尻尾に、今回ばかりは視界が歪んでしまったけれど仕方が無い事だと自分に言い聞かせて、歪な笑顔を取り繕った。
 さようなら、私の慎ましかで平穏な学園生活。


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極夜