好きな香り
・男装監督生
・フェアリーガラの後日譚
ふんわり捏造してる
「今日来てもらったのは他でもない、これをサバナクローの二人に渡してもらうためよ。アナタのはこれね」
先日の件があるまでまともに言葉すら交わした事のなかったヴィルさんから突然呼び出された時は、何事かと身構えてしまっていただけに特別な用事ではなかった事に胸を撫で下ろしてしまう。
渡されたガラス瓶の中に入った液体は瓶ごとに異なり、緑、黄色、最後に渡された透明度の高い青と見ているだけで少し楽しくなってくる。
「クルーウェル先生が用意してくれた衣装を引き立てるために、アタシが調合した香水よ」
「全員分ですか!?」
市販品だと思っていたものがまさかヴィルさんお手製だとは思わず、自分用と渡された青の液体が揺れる瓶を凝視してしまう。
少し貸してごらんなさい。と言うヴィルさんの指示に従って青と緑の瓶を渡すと左右の手首に香水を振りかけられた。
「わあ……!同じ花の香りなのに雰囲気が全然違う」
「アナタのは鈴蘭をメインに甘く爽やかに仕上げたの。こっちは対照的にスパイシーな香りでしょう?」
流石トップモデル。とことん拘る人だと関心している私の背中をヴィルさんが優しく押す。
「悪いけどお願いね。香りが気に入ってくれたなら、アタシとしても鼻が高いわ」
ポムフィオーレ寮から優しく放り出された私は瓶の底に貼られたラベルにはレオナ・ラギーと記されている。
受け取ってもらえるか否かの一抹の不安こそあったものの、自分の為だけに調合されたものというのはこれほどまでに心躍るものなのかと、スキップなんてしながら目的のサバナクロー寮へと向かった。
* *
「……それで俺とレオナさんの分まで持ってきてくれたんスか?どこまでも優しいッスね、監督生くんは」
「そんな事はないよ」
ラギーと書かれた黄色の液体で満たされた瓶を受け取った彼はおもむろに香水のキャップを外すと、自身の手首に吹き付ける。
「ラギー君の香水はどこか懐かしさを感じさせる、広々とした草原のような香りがするね」
「どんな例えッスかそれ……。まあ言わんとしている事は何となく分かるけど」
鼻を鳴らして匂いを確認したラギー君は私が手にしている緑の瓶……もといレオナさんの香水を指さした。
「レオナさんなら植物園で見かけたッス」
「ラギー君ありがとう!早速、レオナさんに届けてくるよ」
監督生が横を通り抜ける瞬間、鼻腔を擽ったふたつの異なる香にラギーは目を見張った。
引き留めようと伸ばした手は虚しく空を切り、そのままだらりと降ろされる。
「面倒な事にならなきゃいいけど」
何だかんだ言って自分が気にかけ、可愛がっている監督生から花の香りが漂っているのはまだいい。
──だが今も鼻奥に留まって存在感を放ち続けている強い香りに、あの王子様が気付いたら……とまで考えておきながら後を追わないのは単純に面倒事に首を突っ込みたくないから。
その次にレオナ・キングスカラーが"彼"に乱暴する事はないと理解しているからだ。
「(レオナさんも丸くなったもんだ)」
当人の前で発言しようものなら即座に「ない」と否定され白けた目を向けられそうだが、草食動物と呼んでからかい、その度に反応を楽しんでいるのはサバナクロー寮生ならば誰しも知っている事実。
どう転がったかは植物園から戻ってきた監督生に聞けばいいだけだと、ラギーは止めていた足を一歩前へと踏み出した。
* *
「レオナさんこんにちは」
「ラギーが居なくなったと思えば次はお前か」
「お休み中にすみません。先日のフェアリーガラで使用した香水をお届けに来ました」
「わざわざご苦労なこった。誰も見てりゃしねぇんだから、渡したって事にしときゃいいのによ」
文句を言いながらものそのそと体を起こしてくれた事に安心しながら、大切に握りしめた香水を手渡す。
刹那、彼が纏っていた寝起きの気だるげな気配が剣呑なものへと変わり、気付いた時には出した左腕をガッチリ掴まれていた。
「他の野郎の匂いをつけて俺の前にのこのこ現れるとはなぁ」
「へ?」
左腕を掴む力が強まり、あまりの痛みに眉が寄せてしまう。
レオナさんの言葉に全く思い当たる節がなく、何と言葉を返せばいいか考えあぐねていた私が唯一思い至ったのはヴィルさんに吹き付けられたレオナさんの香水。
「レオナさん、少し失礼します」
一言断りを入れて、レオナさんの制服に緑の香水を振りかけると痕が残ってしまうほど強く掴まれていた拘束が弱まっていく。
「ヴィルに吹き付けられた香水か?」
「ヴィルさん自ら調合して下さったんです。僕とレオナさんでも同じ花の匂いなのに雰囲気が全く違うんですよ!」
「…………俺は自分自身に嫉妬したってワケか」
私の左手を睨みつけていたと思えばレオナさんは大きな溜息をついて再び寝転がってしまった。
小さく漏らしていた言葉を再び拾い上げようとレオナさんの名を呼べども聞こえていないという体で、そのまま瞼を閉じてしまった。
「そこに置いとけ。気が向いたら部屋に持っていく」
「レオナさんの香水いい香りですよね、僕好きだな」
「そうかよ」
そっぽを向いていたレオナの顔がほんのり赤く染まっていた事など露知らず、監督生は元来た道を戻っていく。
雲一つない柔らかな日差しが植物園内に降り注いでいた。
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極夜
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