愛が重い
「パッセンジャーさんおはようございます! 今日のお召し物は昨日の物と繊維の含有量が異なって肌触りが3%、通気性7%、伸縮性は2%良くなってますね! 好きです!!」
偶然その場に居合わせた数名が唇をわななかせ、背丈のある男と早朝から声高々に好意を伝えた女性を交互に見つめている。一方、伝えられたパッセンジャーは鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をする……でもなく極めて淡々と慣れた手つきで自分で作った豆を挽き、湯気の立ち上るカップのひとつを女性へ差し出していた。
「本日もお元気そうで何よりです。ルネッタさんのコーヒーにはいつも通り砂糖とミルクを入れておきましたよ」
「さり気ない心遣いが出来る男性って素敵ですよね! 美味しくいただき……あっつ!」
表情をコロコロ変え、落ち着きがない彼女は本当に成人女性なのだろうか……?パッセンジャー以外の人間の心が見事にシンクロしているなど知る由もない当人はんべ、と舌を出していたがそこでようやく第三者が居ることに気が付いたらしく背筋を正して咳払いをひとつ。
「居られたのなら声を掛けて下さればいいのに……おはようございます」
渡されたコップを近くのテーブルに置き、軽く会釈をしたルネッタはとてもパッセンジャーに熱を浮かしていた人物と同一とは思えない、しっかりとした教養を感じさせる話し方をしている。
他の人間から挨拶が返ってきたのを確認した彼女は再びパッセンジャーに向き直ると目尻を垂れさせて髪一本一本を尊ぶように、或いは崇めるように男性を仰いでいる。
「私は一足先に出ております。ではまた後程」
「朝からパッセンジャーさんのご尊顔が見られて、コーヒーを振舞ってもらえるって幸せ過ぎ。わたし、夢でも見てるんじゃないかな? 夢なら二度と覚めなくていいわ……」
パッセンジャーから渡されたカップを見つめ歓喜の声を上げているルネッタをこれからどういう目で見ていけば良いのだろう……。再度シンクロした思考にピリオドを打ったのは重い靴音と共に現れたドクターの存在だった。
「ああ良かった。パッセンジャーは居ないけどルネッタはここに居たのか」
「……あの、ドクター。ルネッタさんとパッセンジャーさんはそういう関係なのですか?」
勇気を出して声を発したのはこの中で一番ドクターとの付き合いが長いアーミヤだった。質問の意図を汲み取った彼は「これをパッセンジャーに渡して欲しい」と一枚の紙を託してルネッタの背中を押す。鼻歌を歌いながら部屋を出ていったのを確認した彼は苦笑しながら頭を振る。
「惚れっぽい子で今まで新顔が来る度にころころ意中の相手が変わってたんだけど、パッセンジャーだけは違うみたいで初めて会った日から一途に追いかけてるよ」
なるほど、と一同納得しかけた時、服の繊維の違いを目視のみで指摘した事に対する疑問が噴出する。見た目だけで何故通気性諸々の違いが分かったのだろう。
「……愛の力じゃないかな」
ドクターが苦し紛れに吐き出した理由は嘘か真か、全てはルネッタ当人のみが知る。
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極夜