知らない顔、知らない感情1.5


 父と母は二人とも研究者で、いつも多忙だったと聞いています。そんな中で生まれたのがわたしでした。
 両親は多忙ながらとても子煩悩で、職場にわたしの事を連れて行って少しでもわたしと一緒に過ごせるようにしていたみたいです。
 最初は話す相手もおらず暇を持て余していましたがある日、運命的な出会いを果たしました。
「今日も来てたんだ」
 夕焼け色の綺麗な髪をしたお兄ちゃん。とっても背が高くて、頭がよくて、両親が忙しい時や寂しい時はいつも一緒にいて遊んでくれていました。
 そんな優しいお兄ちゃんを好きになるのは必然でした。でも当時のわたしはまだ幼かったから、その気持ちが何なのか理解出来ていませんでした。だからただ純粋に、大好きなお兄ちゃんと一緒に過ごす毎日が幸せだったのでずっとこのままでいいと思っていました。
 そんなわたしの幸せがくずれ去ったのはとつ然のことでした。ごうごうと燃えさかるほのおがわたし達を襲い、気がついたら病院の中でした。
「おかあさんたちは?」
 わたしの問いかけに答えてくれる人は誰ひとりおらず、わたしは首をかしげました。
 それから紆余曲折を経て、わたしは両親がその分野ではそれなりに名を馳せていたこと。亡くなる間近に危険な研究に関与しており、それを外部に諠??アを流している蜿ッ閭ス諤ァがあると繝??を流され谿コ縺輔l縺セ縺励◆
 それからわたしは逃げました。何から逃げていたのかは分かりません、考えたくもありません。
 ひとつだけ覚えているのは、あの日見た真っ赤な炎はわたしの命も狙っている、という事だけです。

「……ルネッタさん」
「え、ああ! 何ですかパッセンジャーさん」
 アンバーの瞳を瞬かせた後、へらりと脱力した笑顔を取り繕ったルネッタにパッセンジャーは眉間に薄い皺を寄せた。
「顔色が良くありませんよ」
 そう言ってパッセンジャーが顔を覗き込めばぱちぱちと何度か目を瞬かせてから、ルネッタははにかんだ。あまりにも歪で痛々しいそれにパッセンジャーの顔もみるみる険しくなっていく。今はあまり触れない方が良いのかもしれないと、今になって自分の浅慮にパッセンジャーは後悔した。
「……怖いんです、炎が。どうしようもなく」
 ぽつりと零れた声は酷く小さく弱々しかった。彼女が記憶喪失故にロドスに来るまでどのように生きてきたのかを知っている者は誰一人居らず、パッセンジャーもそれに含まれる。日頃、記憶喪失である事を忘れさせるような快活さを振りまいている彼女がこんなにも悲嘆にくれる姿を見る日が来ようとは思ってもみなかった。
「……あれ、わたし何を考えてたんでしょう?」
 目を白黒させてパッセンジャーのアイスブルーの瞳を見つめるルネッタにこくりと首肯すると彼女は頭をかきながら苦笑を浮かべた。
「最近夢見が悪いので、多分それが原因ですね。でもきっと大丈夫です!」
「それは大丈夫ではないと思いますが」
 パッセンジャーが溜息を吐けばルネッタは唸りながら再び考え込み始めるが、やがて結論が出たらしくポンッと手を叩いた後に「よし!」と言って椅子から立ち上がり部屋を出て行こうとする。
「どちらへ行かれるのですか?」
 パッセンジャーの声掛けに扉に手を掛けていた彼女は振り返り、人懐っこそうな満面の笑みを浮かべると「散歩です! 作戦開始時刻までには戻りますので、ご安心を!」と言い放ちそのまま出ていってしまった。一人残されたパッセンジャーの顔は依然険しいままだ。
「……放っておくべきではありませんね」
 呟きと共にパッセンジャーもまた部屋を後にする。誰も居なくなった部屋では二人分のコーヒーカップから静かに湯気が立ち続けていた。


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極夜