いつかの情景が涙腺を叩く


ねたの続き(卒業式を終えて数日後)
とても暗い/無糖/死ねたのトリプルコンボ
気分を害する表現があります

重い瞼を押し上げても映り込むのは黒一色だった。
目を開いた気になっていただけで実際のところ今も瞼を閉ざしたままなのかも…いいやそんなはずないと頭を振って上半身を起こす。
上体を起こした後も瞳に映るのは黒しかなくて溜息をつきながらもう一度体を横たえた。

「地獄に落ちるような行いをした記憶はないんだけど…」
「どうして君がここに居るの」
漆黒の空間から返ってきた声に勢いよく体を起こして辺りを見渡す。
少し時間が経って目が闇に慣れてきたのか、はたまたその闇が薄まってきたのか徐々に視界が開けてきた…ような気がする。
朧げに映りこんできたのは白色のシャツ。それはところどころ破れて煤け端々には血らしき赤黒いシミも見受けられる。

「大丈夫?服、凄いことになってるよ」
わたしがさっき漏らした溜息の何倍も大きな息を吐き出した"彼"がまた一歩わたしと距離を縮めた。
距離が近づいた事で彼の姿形が更に鮮明になる。

「その制服……」
胸元に独特のマークが刻まれた黒の制服は先日まで自身が袖を通していたものと同じ。
"彼"もわたしと同じ月光館学園の生徒のようだ。
冷静さを取り戻してきたわたしの脳にいくつもの疑問が浮かびあがってきた。
この場所は何処なのか、どうしてわたしはよく分からない空間に居るのか。

「紫月はまだ戻れる。安心して」
わたしの心情を読み取ったような言葉が降ってくる。闇間から伸びてきた白い手が宥めるように優しい手つきで髪を撫でた。
肌に触れるその手からは温もりというものが一切感じられなくて、ぞわりと全身が粟立つ。
それでも"彼"の手を払い除けることは出来なくて静かに目を伏せた。

「短い間だったけど紫月と一緒に過ごすことが出来て僕は幸せだった」
ぐにゃり、と突然空間が捩れどんどんへしゃげていく。
このままじゃ彼がこの空間に押し潰されてしまう!咄嗟に髪を撫でていた手を掴んでこちらに引き寄せる。
ゼロ距離だというのに彼の顔だけは闇に覆われていてどうしても見ることが叶わない。
…それなのにどうしてか、ダークブルーの髪を揺らした彼が今、目を細めて薄く笑っているのだと手に取るように分かってしまうのだ。

「またね紫月」
唇に暖かくて冷たい何かが触れた。
ヒビから入りこんだ眩いばかりの光が彼の顔を照らしだす。
どうしてわたしは今まで君のことを忘れて────。


「今……に…目……し…」
「本…か……っち!?」
「急ぎ…先生──」
先まで居た空間と真逆…真っ白で明るい。それにわたしの手を握る手はとても暖かい。
嗚咽混じりにわたしの名前を呼ぶ少女の声を聞きながら大して働かない頭でぼんやり考える。

「…ここ…ど、こ?」
「病院よ」
「きょ…は……なんに、ち?」
「3月25日」
ありさとくん、は?
無意識に溢れた彼の<誰ぞ知らぬ>名前に空気が一瞬にして張り詰めたのが分かった。
ピンクの愛らしい服を着た少女…ゆかりちゃんの瞳が瞬く間に潤み反対側に鎮座していた帽子の彼、順平くんが唇を噛みしめ握りこぶしを静かにベッドのシーツに落とす。

「…あいつはッ!は、もう…」
有里くんが息を引き取ってから毎日涙が枯れるまで泣いて塞ぎ込んで、部屋に引きこもるようになって…やっと部屋から出てきたと思ったら学校の屋上から飛び降りて…」
「とびお、り?」
「彼の後を追って自殺しようとしたの、覚えてないの!?」
ゆかりちゃんにガクガクと肩を揺さぶられて包帯をぐるぐるに巻かれた頭に鈍い痛みが走る。

彼と同じ制服に身を包んだわたしはあの日彼が息を引き取った場所に柔らかな笑顔を浮かべてフェンスに足を掛ける。
頬を伝う涙はこの世界との別れを惜しむものか、それとも再び彼と会えると確信しての歓喜によるものか。
シャン、と清廉な音を聞きながらわたしの映像は次第にノイズ混じりになって壊れたテレビの如く何も映さなくなった。

固く閉ざされた右手に何かが握られていることに気が付いてわたしはゆっくり掌を開く。
蒼い蝶が施された髪飾りが静まり返った病室にシャン、と音を響かせた。
(彼が大切すぎるが故に死を受け入れられず後追い自殺を図ったが奇跡的に一命を取り留めた少女。しかしその代償として彼が彼女の記憶から消失した)

頭部強打による脳震盪で一時的に有里くんの記憶を失った夢主と再び大切な仲間を失うのかもしれないと恐怖に震えていた特別課外活動部メンバー


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極夜