貴方の為の


朝日が顔を見せる前の明朝だというのに一室には照明が灯り、少女が忙しなく部屋の中を行き来している。
それに気付いた作之助はそっと扉を開け放ち忍び足で彼女の背後にまで迫ると、低い声で空気を響かせた。

「おっしょはん、おはようさん」
「ひゃあ!」
小さな悲鳴を上げ反射的に持っていた物から手を離してしまう。
紫月がそれに気付き顔を蒼白させるより早く、その物体を落下前に拾い上げた作之助が茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべる。

「予想以上のええ反応をおおきに〜」
「と、突然声を掛けられたらびっくりするに決まってますよ!!」
「まあまあそんな怖い顔せんと。折角の可愛い顔が台無しやで?」
「作之助さんって本当に調子が良いですよね……お弁当箱ありがとうございます」
半ば諦めたように肩を竦ませた紫月に独特の高笑いをしながらそれを手渡す。

「しかしいつもより早起きさんやな?もしかしてそのお弁当ワシの為に作ってくれてたん?……何も言わずえ?みたいな顔するん止めて。地味に傷付くわ」
「べ、別にそういうつもりは……!」
「分かっとるて。そんなこまい弁当やとワシの腹は満足せんやろしな」
彩り、バランス共に文句のつけようのない弁当ではあるが成人男性が昼食とするには些かボリューム不足気味なそれに視線を落としながら作之助は紫月の言葉を待つ。

「先日司書友達とお弁当を交換しない?って話になって……少し待ってて下さいね」
作之助から受け取った弁当箱に蓋をした紫月がこれまた忙しなく台所を駆け回る。
いつものように手を頭の後ろに回し紫月を眺めていた作之助の前で突如静止した紫月の手には湯気の立ち込める厚焼き卵。

「はい、どうぞ。直ぐに完成させますからこれで小腹を満たしてて下さい」
作之助の口に厚焼き卵を(無理矢理)放り込んで柔らかく微笑んだ紫月が靴音を鳴らして台所を縦横無尽に駆ける。

「少し作り過ぎてしまってどうしたものかと頭を抱えていたんです。作之助さんが良ければ貰っていただけませんか?」
先の弁当箱より一回りほど大きな容器に所狭しと詰められたおかずの数々と紫月の顔を見比べること数回。

「ほんまにええの?紫月ちゃんがそない言うなら遠慮なくもろてまうで?」
「日頃私の事を気にかけて下さっている作之助さんへの感謝の気持ち…は少し言い過ぎですね。後日作之助さんの好物を沢山詰めたお弁当を作らせていただきますので本日はこれで我慢してやって下さいな」
いつも作之助さんには感謝しているんです。と言葉を続けてはにかむ紫月を気付けば自分の胸に引き込んでいた。

「あ、あ、あのっ!作之助さ……」
「取って食うつもりはないから。少しだけ、こないさせて」
いつもの作之助らしからぬ懇願するような声色に紫月が逆らえるはずもなく、緩慢な所作で作之助の背中に腕を伸ばし控えめに彼のジャケットを掴む。
二人の間に流れる甘いとも辛いとも言い難い奇妙な空気の中、朝を知らせる小鳥の囀りが響いていた。

(お弁当の中身カレーがええなぁ)
(汁漏れしちゃうので駄目です却下です)


prev next
[back]
極夜