八方塞がりDead End


※トリップ
※未成年者の飲酒は法律で禁止されています

「今日もお疲れ様でした」
幸村は私の言葉にこの程度の事に労いの言葉は不要ですよと返したが、その顔は確かに綻んでいた。

「私にお手伝い出来ることはありませんか?」
ぼそりと吐き出しながら部屋の隅にある書物の小山に目をやる。
その書物たちは幸村さんが私が退屈しないようにと持ってきてくれた物だが全て最初の頁で終わっている。
平仮名がないだけでここまで読めないものなのか…と平仮名の有り難さを知った瞬間でもある。

***

どことも知れない桜の木の下で呆然とする私の首にひやりとした凶器が宛てがわれる。

「何者だ」
感情のない平坦な声に肩を竦め私はいよいよ涙を零した。
知らない土地で冷ややかな声を浴びせられ更に得物を突きつけられ頭が真っ白になった。
青年は暫く黙っていたが緩慢な動きで槍を引くと腰を曲げ私と目線を合わせた。

「見た事のない着物でしたので……その」
暖かい手が私の涙を拭う。しゃくり上げながら顔を上げると申し訳なさげな表情をした青年が居た。

「怖がらせてしまい申し訳ありません。ええと…」
「紫月です…」
「私は幸村と申します。事情があるのならお聞かせ下さいませんか?紫月殿の力になりたいのです」
堰が切れたように大泣きしながら私は見ず知らぬ場所から来たことを伝えた。

幸村さんが嫌な顔ひとつせず暖かな手で頭を撫でてくれたのは今でも忘れない。
(後々になって私が来た場所が後世、早い話が未来なのだと分かった時は驚きのあまり飛び跳ねそうになった。)

***

「手伝いなど滅相もありません。貴女は私の大事な客人です」
一瞬眉を寄せた幸村さんが気に掛かり口を開こうとしたがそれは彼の声に遮られた。

「ですが…そうですね。もし宜しければ酒の相手をして下さいませんか?」
今宵は月が綺麗ですと彼の所作に釣られて外に目をやれば満天の空に大きな月が浮かび私達を照らしている。
何でもいいから幸村さんの役に立ちたいという思いがあったので二つ返事を返す。
気分揚揚と酒を取りに行く彼の姿に私も表情を和らげた。


「紫月殿も一口どうです?」
「私の時代では二十になるまでお酒はダメなので…」
「ここは貴女の生まれ育った場所ではないですし、少しくらい良いのでは」
おちょこに黄金色の酒を注ぎ私へ押しやる。
私自身酒に対して全く興味がないわけでなかったわけではなく、加えて先の幸村さんの言葉もある。
一口くらいなら…と誘惑に押し負けた私はおちょこを手に取りその液体を飲み干した。

「……あまい」
「飲みやすいでしょう?まだまだありますよ」
気をよくした幸村さんが空になったおちょこになみなみと酒を注いでいく。
それをまた一気に嚥下し、注ぐを幾度繰り返しただろう。
思考も満足に巡らず真っ赤な顔で火照る体を少しでも冷やそうと手で風を送る。

「ゆきむらぁ〜もうないのー?」
腕にしがみつきねぇねぇと駄々を捏ねる姿は子供のよう。
そんな紫月にも嫌な顔ひとつせず幸村は髪を撫でている。

「さようなら。おやすみなさい」
暗闇のどこかでそんな声を聞きながら私は誘われるがまま闇に落ちた。


チチチと鳥の鳴き声が脳に反響する。
重たい瞼を押し上げ意識を覚醒させると頭に鈍い痛みが走る。
私確か昨日幸村さんのお酒の相手をして、て…?

「目が覚められたのですね」
深く安堵したような声色で言葉を紡いだ男性は至極申し訳なさそうにしている。

「昨晩は大変申し訳ありませんでした」
「調子に乗った私が悪いんですし気にしないで下さい。母にもよ、く…?」
口に出してふと疑問が浮かぶ。私の、はは?

「紫月殿のご両親は"不幸"にも"戦に巻き込まれて亡くなった"のですよね…」
「それは仕方のない事です。二人ともきっと天国で元気にやってますよ」
まだ腑に落ちない様でぎこちなく笑んだ幸村さんは水を持ってきますと部屋を後にした。

"二日酔い"以外にこの頭の痛みの理由があるんじゃないかという考えが去来したが答えは明白。
私はぼんやりと"亡き両親"に思いを馳せた。

「真実を作り変え、それを事実にしてしまえ……妙案だと思いませんか紫月殿?」


(元の世界に帰ることを恐れ現代の記憶を奪う幸村)


prev next
[back]
極夜