表情筋のお話


「紫月見つけたで〜!」
「作之助さんこんにちは。そんな急いでどうしまひふぁ?」
突然織田から名を呼ばれながら肩を叩かれた紫月の頬が彼の手で引き伸ばされる。
むにむにと揉みほぐすように頬に触れる織田に目を瞬かせている間に手は離れ、織田は手の感触を噛み締めるように閉じたり開いたりを繰り返している。

「やっぱり紫月のほっぺは固いなぁ」
「どういうことですか?」
「昨日紫月はよう笑って可愛いなぁって文豪の皆様と話してたんやけど……顔真っ赤やな」
「私のことは気になさらず続けて下さい(作之助さんのニヤニヤ顔を見るに絶対わざとやってる……!)」
顔の火照りを隠すように俯きながら話の続きを促す紫月にならええんやけど、とこれまたわざとらしく言葉を返して織田は話を続ける。

「その場に居合わせた森先生からよく笑う人間は表情筋も活発に動くから必然的に固なるって聞いたからほんまかなと思って」
「それならきっと作之助さんも固いですね?私と一緒に居る時はいつも素敵な笑顔を浮かべていらっしゃいますし」
「無意識に頬が緩んでしまってるんやな。これから気を付けよ……」
手で口元を隠して視線を外した織田に首を傾ける紫月に何でもあらへんよと漏らして顔を上げる。
真っ直ぐに伸ばされた紫月の白く細い指が織田の頬を包み込んだと思うと、遠慮がちに頬を撫で始めた。

「やっぱり固い。…作之助さん顔が真っ赤ですよ、大丈夫ですか?」
「(何も言わずにこうされるとキスするんちゃうかって勘違いしてまいそうになるな……ってワシは何考えとるねん!いやでもワシと紫月は恋人同士なんやし、こういう事考えたってバチは当たらへんな!顔近付けて頬に手を置く紫月にも非はあるわ)」
自分自身にそう言い聞かせた織田は完全に吹っ切れていた。
紫月の手に己の手を重ね、そのまま唇を奪う。
何の前置きもなく口付けをされた紫月は石像のように固まった。
……かと思えばみるみる頬を火照らせて、しきりに唇を触れては言葉にならない声を発している。

「ああああ、あの作之助さん。こ、こここれはどういうことでしょう」
「きすひとつでこんな風になってたら後はどうなるやろうなぁ」
「あ、あああ、あとっ?!わっ、私はこれで失礼します!!」
彼から逃げるようにして姿を消した紫月に少々からかいすぎてしまったかと織田は頭を掻くが反省は毛ほどもしていない。
いずれはあれ以上の関係に至りたいと考えている織田作之助の素直な気持ちが先のあれだったのだが……女心とは難しいものだと改めて思う。

「司書室で顔つきあわせた時どんな反応してくれるか楽しみやな」
独特の笑いと言葉を零している織田自身も紫月と同様に熟れた林檎のような顔色をしているのだが果たしてそれに彼は気付いているのだろうか。
頭の後ろで腕を組む織田の背にジリジリとした強い日差しが降り注いだ。


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極夜