返答はまた来世


※名前変換極少
※独白過多の死ねた

──今だから打ち明けますけど私、里で一番の落ちこぼれだったんです。

「薄々感づいていた」
そう、ですか。まあまあそう仰らずもう少し私の話にお付き合い下さい、お仕事を放棄してまで聞き入って欲しいなどとは申しませぬので。

話を戻しますがあまりの不出来具合に里の長からも「里の恥だから決してこの里の出身の忍だと名乗るな」と言われていまして、私の先行きは真っ暗闇だったのです。
そんな折に運良く殿と縁を結べて今日の私がありまして。
何故その事を今になって言うのか、ですか?
そりゃあだって会って間もなく契約した忍が里一の落ちこぼれだと聞けば誰だってそれをなかったことにしたくなるでしょう。
初めて誰かから必要とされたのが嬉しかった。だから今、殿とある程度歩み寄れたと私が思っているからこそ話したのです。

冷酷非情そうな人と契約してしまったとその時は深く後悔を……"その時は"ですって、今は微塵も後悔しておりません。
寧ろ私を重宝して下さる殿には言葉で言い尽くせぬ程の恩義を感じているのでそんなむくれないで下さい、綺麗な顔が台無しですよ。
そんな私ですが唯一変化の術だけは本当に上手くて、それだけは長からもお墨付きなんです。

「戦では何の役にもたたぬがな」
……た、確かにその通りですが、何も戦が全てではございませぬでしょう?
敵の目を欺き軋轢を生じさせ内部分裂を、という算段は殿が最も得意とする────。

**

いつの間にか深い眠りに陥っていたらしい。
常に気を張り詰め、神経を研ぎ澄ましていた私にしては珍しい事だ。
近付いてくる足音に眦を吊り上げ、男に促されるがまま薄暗い空間から外に出る。
焦がれに焦がれた陽の光は長らく暗所に居た私の体を容赦なく貫き、たまらず目を伏せた。

「早く歩け大罪人」
男に背を蹴られた私はその場に膝をついた。
その合間に集まってきた民衆の罵詈雑言を右から左に聞き流しながらよろよろと立ち上がり脚を進める。
川のせせらぎが聞こえてくるのと同時に私の命ももう間もなく焼き切れるのだと再認識する。
荒縄で擦り切れ、血が滲んでいるであろう手首は私の諦観の感情に影響されてしまったのか随分前から痛覚を忘れてしまっていた。

人間の波をかき分け、開けた場所に腰を下ろす。その傍らで男は私の名前と罪状を連ねていく。
今日がいい天気で本当に良かった、最期に見る空がここまで快晴ならば思い残す事は何ひとつない。

「最期に言い残すことはあるか」
日差しを反射し鈍く光る刀を一瞬だけ見やって開いた唇が、人垣をかき分けてこちらに駆けてこようとする美青年の姿によって音を失う。

「そこに鎮座している者は石田三成ではない!直ちに紫月を解放しろ!」
兵士に羽交い締めされながらも懸命に歩み寄ろうとする青年に私は固く縛っていた唇を緩め弧を描くと斬首人を見やる。

「あの観衆の声が煩くてかなわん。今すぐにでも俺の首を撥ねろ」
私の言葉が聞こえたのかハッとして再びこちらを見やった青年の抵抗が激しくなる。
斬首人の刀が天高く掲げられるのを尻目に目を細め、青年……殿に向けて音を発することなく唇を動かす。

「(誰より高い矜持をお持ちの殿にあの狸の治める国元で生きていけというのは酷な申し出だとよく心得ております。ですがどうか今ある命を、天命を全うされて下さい。地獄にて今生の罪を贖いし後、再び貴方様の元に馳せ参じますので今少しお待ちいただければと思います)」

「……三成様のこと、お慕いしておりました」
我が主君は後にも先にも貴方様だけです。
秘めた感情と共に紫月は石田三成として汚名を背負って散華した。
その場に力なく膝をついた三成の鼻腔を鉄の匂いが掠めた。


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極夜