恋は盲目?
「そういえば前にも今日と似たような事があったなぁ」
自身だけに振る舞われているライスカレー(卵付き)をつつきながら作之助は考える。
あれはいつ頃だったか、彼女と深い関係に至る前……転生して間もない頃だったように思う。
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危なげなく書物を浄化し、和やか空気のなか顔見知りの太宰と談笑しながら空腹を満たすべく食堂の暖簾を潜る。
「織田さんに太宰さん!今回もお疲れ様でした」
「たっだいまー!俺が居なくて寂しくなかった?」
「おっしょはんただいま。今日のご飯は何やろか?楽しみやなぁ」
厨房の奥から顔を覗かせ柔らかく微笑む司書、紫月の顔を見た途端駆け出そうとする太宰の首根っこを掴んで引き止めた織田はがらんとした食堂の一角に腰を下ろした。
鼻腔を擽るいい香りに空腹を訴え続けていたお腹が切なげな声を上げる。
「今日は牛めしか……お高いモノは口に合わへんなぁ。ワシ庶民派やし」
「オダサクのそういうところ昔から変わらないよな……とにかくいっただきまーす!」
牛めしに箸を伸ばした太宰を見習って織田もまた湯気の立ち込めている料理を頬張る。
織田の何気ない一言を聞いてしまった紫月が居た事も知らず、彼は旧知の仲である太宰と言葉を交わしていた。
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「オダサク、早めに謝っとけよ」
「分からへん……何も思い当たる節がない場合どないしたらええ?」
「それなら直接聞くしかないだろ」
隣に鎮座した太宰を含む多くの文豪から刺さる視線をどうにか受け流しながら織田は考える。何故、自分の夕飯だけが白米に沢庵、そして茶碗蒸しの三品だけなのか。
周りを見渡せど自分のようなメニューの者は居らず、太宰の言うように無意識のうちに紫月の逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
侘しい夕飯を完食した織田は太宰に別れを告げると一人、司書室の扉を叩いた。
「紫月さんいらっしゃいます?」
「織田さんですね。どうぞ」
今まで執務をこなしていたのか部屋はインクと和紙特有の匂いが充満していた。
席を立った紫月に促されるがまま来客用のソファーに腰掛けると湯呑みを手渡される。
「こんな時間にいらっしゃるなんて余程の事だと思うのですが。何かおありになりましたか?」
「そない深刻……いやでもおっしょはんの返答によったら深刻なんかも」
「私の発言にどなたかが大層憤慨していらっしゃるとか?!」
「その逆。ワシが紫月さんの気分を害するような発言してたんかなぁって」
どういう事だろう?と訴えて来る彼女の蜜柑色の瞳を見つめ返しながら先程より声量を下げて言葉を発する。
「さっきの夕飯ワシだけ別メニューやったやろ?今後もおっしょはんの助手続けるのにあたって険悪な空気の中でやるっていうのも嫌やからね」
「あ、え……?お昼間に高い物は口に合わないと仰ってられたので、織田さんだけ特別メニューにさせていただいたのですが、お口に合いませんでしたか?」
「えっ!?と言うより昼間のアレ聞いてたん?」
言葉の綾がまさかこんな悪い方で作用してしまうとは。
その後、必死に弁明し翌日から皆と同じメニューに戻してもらったのだが……。
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「前にも、ってお前あいつに何したんだよ」
「オダサクの何気ない発言に司書さんが気を遣って一人だけ特別メニューだった事があったんだよ」
「特別メニュー?」
「白米、沢庵、茶碗蒸しの三品な」
「精進料理かよ」
ブッと水を吹き出した眼鏡の青年──最近この図書館にやってきた坂口安吾に汚いな!と喚く太宰のやり取りを聞きながら本日二度目のライスカレーを胃に押し込む。
作之助の大好物でもあるライスカレーを手渡す時に「作之助さんに喜んで欲しくてじっくり煮込みながら愛情も込めました」と紫月が笑顔で耳打ちしてきただけあって今まで食べてきたライスカレーの中でも上位にくい込む程の美味さであるが、前回の例がある。
今後ライスカレーのみが作之助の食卓に並ぶという可能性もゼロではない。
「太宰から話を聞く限り前みたく何かしたんじゃないのか?」
「ワシが何かしたんやなく、紫月がちょーっと言葉の意味を取り違えた結果やから!でもそんな天然な紫月も可愛いと思わへん?」
「はいはいお惚気ごちそーさん」
「それで?今回は何て言ったワケ?」
促すような太宰の視線に作之助は記憶の糸を手繰り寄せる。
昨日の夜まで特に変化が見受けられなかったところを考えると問題発言は昨晩中、だろうか。
「紫月の作ったライスカレーを毎日食べたいなって改めて告白したくらいやろか」
『絶対それだろ』
スプーンを置き、思考する仕草をしてみせた作之助は少し間を置いて二人の言葉に頷いてみせた。
「やっぱり?伴侶になりたいっていう意味合いを込めて言ったつもりやねんけど……やっぱり紫月には直接的に物事を言わなあかんね」
「本当に惚気ご馳走様。っていうより最近オダサク惚気すぎだろ。隙あらば司書さんの名前出してさ」
「可愛い恋人と毎日一緒に仕事してんのやで?これでもまだ話し足りんくらいやわ!」
それならずっとライスカレーでも良いのでは……と一瞬考えた坂口と太宰だが司書と作之助に生じている誤解が最終的に良い方向に転ばない(栄養バランス的な意味で)という結論に至った二人は延々と司書惚気を続ける作之助の言葉を遮って迅速に訂正するように改めて言い放ったのだった。
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極夜