夜空に煌めく星と、君と
今日は昨日より比較的暖かいでしょう……なんてお天気お姉さんの言葉を信じるんじゃなかった。
暖かいのならマフラーは要らないかと、飛び出した瞬間全身に浴びせられる強烈な北風。
それでも陽は照っているし学校に着く頃には体も程よく温もっているだろうと考えた私は学校指定のマフラーを取りに帰ることなく、そのまま歩き始めた。
「おはよう紫月」
「幸村くんおはよう。いま朝練終わったところ?」
「そうなんだ。良ければ教室まで一緒に行かない?」
クラスメイトである幸村君と運良く鉢合わせた私は彼の提案に二つ返事をしてゆっくり歩き始めた。
昨日出された宿題の事を皮切りに彼が部長を務める男子テニス部の話を聞いている間にあっという間に教室に着いてしまった。
「部員以外で今日一番最初に会えたのが紫月で嬉しかったよ」
天然なのか、それとも意図してこのような事を言うのか彼の真理は推し量れない。
目を細めて綺麗に笑いながらもたらされた言葉は紛れもない彼の本心なのだろう。
突然の発言に上手い切り返しも浮かばず、頬に熱が集まっていくのを感じながらこくりと首を縦に振った。
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「夕方になってこんなに冷え込むなんて聞いてない……」
あれだけ高かった太陽もすっかり地平線の彼方に姿を隠し、薄暗い教室の中で両腕を擦りながら鞄の中に教科書を詰め込んでいく。
首元を掠めるすきま風にびくりと肩を跳ねさせながら完全に陽が落ちてしまう前に家に帰ってコタツで暖をとろう、そうしようと決意を新たに教室を施錠した私は駆け足で職員室を目指す。
「失礼します。日誌と鍵、あと頼まれていたプリントを届けにきました」
「こんな遅くまですまないな。気を付けて帰るんだぞ」
担任の先生に深く頭を下げて職員室を後にしようと踵を返した瞬間、勢いよく誰かとぶつかってしまった。
「すまない怪我はして……紫月?」
「幸村くん!こちらこそごめんね。もう離してもらって大丈夫だから」
尻餅をつきそうになっていた私の腰を即座に捉え引き寄せてくれた人物──幸村くんにお礼を述べながら体制を正す。
「随分遅くまで残っていたんだね」
「日直の仕事と先生の頼まれ事をしていたらこんな時間になっちゃって」
「お疲れ様。確か紫月とは帰り道が同じだったよね。迷惑じゃないのなら一緒に帰ろう、直ぐに部室の鍵置いてくるから」
入れ替わり立ち代りで職員室に入っていった幸村くんは言葉の通り1分もしないうちに職員室から出てくると鞄の中からマフラーを取り出した。
「朝会った時から気になっていたんだけど首元が凄く寒そうだね」
「昨日見た天気予報で今日は暖かいって言ってたから置いてきちゃって……」
「紫月は女の子なんだから体を冷やしちゃいけないよ」
一瞬何が起きたのかよく分からなかった。
彼が先程まで手にしていたマフラーが、私の首に巻かれている。
マフラーから漂う爽やかな花のような香りにうっとりしそうになりながら、急いでそれをマフラーに手を伸ばす。
「さっきまで部活で体を動かしていたし、俺のことは気にしなくて大丈夫だから。それは紫月がつけてて?」
「帰ったら急いで洗濯機にかけて明日必ず返すね」
「そんな気にしなくていいのに……あ、それなら」
差し伸べられた白い手と幸村くんの菫色の瞳を交互に見つめている間にするりと指が絡められてしまった。
「指だけはどうしても冷えてしまうからね。こうして手を繋いでもらっても構わないかな?」
「全く何も問題ゴザイマセン」
空いているもう片方の手を口元に宛がって小さく笑いを零しながら歩き始めた幸村くんと肩を並べて校門をくぐる。
「今週末紫月の予定が空いているなら付き合ってもらいたい場所があるんだけど……どうかな?」
ほんの少し強められた指の力、自然と止まる脚。
見上げた幸村くんの背中越しに光を放つ一番星を見つめながら私はまた首を縦に振るのだった。
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極夜