テニス部には神様しか居なかった
「海外進出する予定のない人に英語なんて必要ないって〜」
理解不能の言語(正しくは脳が理解する事を放棄した)が羅列する教科書とノートを随分と長いこと見合わせていたが、とうとう集中力に限界が訪れてしまった。
静寂を保っている図書室内に紫月の大きな溜息が響き渡る。
ここには辞書も存在するし何より他のものに目移りも出来ないから行き詰まっている英語も多少捗るのではないか……と思っていたのだが、真っ白のノートを何とか半分埋めた所でぱったりとシャーペンが走らなくなってしまった。
苦手科目が存在しないという羨ましさの塊であるクラスメイトの手塚君に申し訳ない気持ちを抱きながら英語を教えてもらいたいと乞うていると彼と同じくテニス部に所属しており、英語が得意だという大石君が顔を覗かせそれからあっという間に男子テニス部三年生と顔馴染みになっていた。
文武両道の彼らから見ても私の英語の不出来具合には頭を抱える始末のようで……。
(それでも私が最初に声を掛けた手塚君を筆頭に誰一人匙を投げる事なく、根気強く私に英語を教え続けくれているのだから彼らは神だとかそういう人々なんだと思う)
「このisはこれを指してるんじゃない?」
視界に入ってきた私より筋張った、それでもまだまだ小さな指と声質的には不二君に似たやや高めの男子生徒の声に机に伏していた頭を上げる。
深緑の髪色を揺らしながら私を見下ろしている彼に思わず「あ、っ」と声が漏れた。
その声にやや吊り上がった目を丸くした彼は首を傾げて何かおかしな事を言ったかと瞳で訴えかけている。
「噂の越前リョーマ君?私、3年1組の柳瀬紫月。菊丸君からアメリカ帰りのすっごい一年が入ってきた〜!って話を聞いてたから、そうかなと思って」
「以前先輩達が漏らしてた英語が全く出来ないクラスメイトってもしかして……」
「えっ!皆にそこまで迷惑を掛けてたの!?」
私をまじまじと見つめていた越前君(仮)はおもむろに隣に腰を下ろすと人差し指を口の前に置く。
辺りを見渡すと疎らではあるが刺々しい視線が全身にグサグサと突き刺さるので、声を潜めて越前君(仮)に頷いた。
「結構長い間あっちに居たし、紫月先輩が良ければ教えますよ」
「……あの手塚君も首を振るレベルで英語の理解力がない私だけど大丈夫かな?現段階で三年レギュラーの皆様に迷惑を掛けてるのに、越前君にまで……」
「リョーマでいいよ。分からない箇所を分からないままで進めてきたのが仇になってるんだと思うんだけど……迷惑とか厄介事だと思ってるなら俺の方から声を掛けるはずないじゃん」
男子テニス部は神々の集団ではないだろうか……どうして皆こんなに寛大な心を持っているのだろう、私も見習わなくちゃ。
学ランから覗く白のシャツが汚れてしまわないよう袖を捲ったリョーマ君は私の教科書に手を伸ばし、ページを遡り始めた。
「それでもまだ申し訳ないと思ってるなら今度のテストでいい点取って、俺のお願い事を一つ聞いてよ」
「勿論いい点が取れるよう善処するし、教えてくれるリョーマ君のお願い事を聞くなんて朝ご飯前ですとも!!」
「だから紫月先輩、声大きい……」
誰ぞ知らぬ咳払いを聞いて再び我に返り、体を縮こまらせた紫月を見つめる越前の瞳が綺麗な三日月になっていたことを彼女は知らない。
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極夜