頑固なのはお互い様
「降谷さん!先日話に上がっていた事件に関する資料をリストアップして纏めておきました」
「柳瀬の手際の良さにはいつも助けられている。ありがとう」
差し出された書類を受け取り、目を通していると程よく冷えた栄養ドリンクとサンドイッチを手渡された。
「お節介だと分かっていますし、不要であれば可燃ごみとして処分……する手間も惜しいですね。仰っていただければ私の方で処分します」
部下からの好意を無下にする程、彼も冷酷ではない。
まして己の体調を気遣っての行動は何よりも嬉しかったし、口に出す予定こそ現時点ではないが柳瀬紫月は長きに渡って降谷零が想いを寄せている女性なのだ。
「俺に気を回す時間があるなら他の事に使え。……こちらは受け取っておく」
「はいっ!早急に次の仕事に取り掛かります!」
最もらしい言葉を並べてその感情を勘づかせまいとした降谷の、僅かに緩んでいた瞳がキリリと吊り上がる。
勢いよく椅子から立ち上がった紫月の足元が僅かにふらついたのを、彼が見落とすわけもなかった。
「柳瀬」
「纏めた書類に不備でもありましたか?」
いつもより厚めに塗りたくられたファンデーション。
それでも隠しきれていない目の下の隈に溜息をつく降谷に紫月は途端に目を逸らし、小声でブツブツ漏らし始める。
「何十回と確認したのにそれでも見落としがあったなんて恥ずかしい。ここ暫くちゃんと眠れてないから集中力落ちてる……?それを言うなら降谷さんだって──」
「紫月」
「は、はいっ?!」
突然名字でなく下の名前で呼ばれた紫月は反射的に上司へと向き直った。
怒気を含んだ降谷の淡い水色の瞳に見つめられた紫月は自業自得だと唇を固く縛り、俯いた。
「書類はいつも通りよく出来ている。俺が怒っているのはそこじゃない」
「……と申しますと?」
再度溜息を洩らす降谷を前に顎に指を置いて思案している紫月の鈍さに今度は頭が痛くなってきた。
自身と彼女が属している部署が特殊で、秘密裏に行動しなくてはならないが故に不規則な生活になってしまうのは致し方ない事。
己の命を代償に日本という国を守っていると言っても何らおかしくない。
だがしかし、それを理由に有能な人材を失うのはこの部署にとっても大変手痛い事でもあるし、その人物が紫月とあれば尚のこと。
「今から一時間、それさえ惜しいと思うなら三十分で構わないから仮眠をとれ。これは命令だ」
「連日徹夜をしている降谷さんの方が体を休めるべきです!降谷さんが休まれるまで私は絶対に寝ません!」
眦を決して反論してきた彼女の瞳に宿る光は弱く、落ちてくる瞼を押し上げながらこちらを見据えている紫月の手首を遠慮なく掴み上げた。
降谷の咄嗟の行動に頭がついていかず、なされるがままになっている紫月をソファー前まで連れてきた彼は小さな背中を押し、強引に横たわらせる。
二度目の反論は吐かせまいと柔らかなブランケットを紫月の頭から被せると、内底に沈め続けていた眠気が全面に出てきたらしい。
ソファーの肘置きに頭を置いてひょっこりとブランケットから顔を覗かせた紫月の意識の半分は既にあちら側に行きかけているのか、ふにゃふにゃと力のない声が室内に響く。
「ではお言葉に甘えて三十分だけ……タイマーはセットしてますが万が一起きてこない場合は容赦なく蹴り起こして下さい」
言うや否や寝息を立て始めた紫月に降谷は本日三度目の溜息を吐き出す。
「変な所で頑固な部下を持ってしまったな」
パンプスを脱がせ、今にも落ちてしまいそうになっているブランケットに手を伸ばす。
その際、開いたシャツの隙間から覗く紫月の谷間に視線が釘付けになってしまったが、それを一秒でも早く脳からデリートしてしまおうと迅速にブランケットを被せた。
普段は口喧しい部下の寝息を聞きながら頬張るサンドイッチがいつになく美味に感じ、あっという間に平らげた降谷は栄養ドリンクのプルタブに指をかけた。
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極夜