妬いて妬かれて


艶やかな真紅の牡丹が咲き乱れる浴衣を纏い、それに準じた色の下駄を履いた司書の心は先程から踊りっぱなしである。
生まれてこの方浴衣に袖を通した事がなかったわけではないが異性、それも恋人と共に浴衣を着て夏祭りに出掛けるというのは人生初の出来事であった。

「おっしょはんがそこまで喜んでくれるとは思っとらんかったわ〜嬉しい誤算やなぁ。よう似合ってんで」
「そ、それを言うなら作之助さんだって……似合いすぎて直視出来ないです」
深い藍色の浴衣を深緋の帯で締めた作之助の姿に赤らんだ顔を白色のシンプルな団扇で顔を隠そうとした彼女の手首を捉え、迅速にその唇を塞ぐ。
それによって司書の顔が更に赤く染まり、その顔色から餌を求め口を開閉している水槽の金魚のようだと思いながら、作之助は手を繋ぎ二人夜の街に繰り出した。
遠くから聞こえる祭り囃子に司書の顔が綻んでいくのを横目で視認しながら作之助も彼女同様に表情を和らげた。

***

慣れない下駄によって擦れて真っ赤になったのを作之助に気付かれないように歩いていた司書の目論見はあっという間に崩れ去った。
背負われるのと抱き上げられて運ばれる、どちらが良いかと尋ねられた彼女は即座に前者を選び、申し訳ない気持ちを抱きながら頼もしい作之助の背中に体を預ける。

「そこのベンチでひと休み入れよか。何か飲み物買ってくるさかいちょっと待っといてな」
「作之助さんに迷惑をお掛けする形になってごめんなさい」
「今回ばっかりはしゃーないって!素直にワシに甘えてゆっくりしとるんやで?ほんなら行ってくんで〜」
いつも作之助さんに甘えっぱなしな気がするんだけどなぁ……という彼女の心情を知る由もない作之助の背中を見送りながら首筋を伝う汗を手の甲で拭う。
それなりに規模の大きい祭りという事もあって、時間を追うごとにカップルと思わしき男女や子供連れが増加してきているように思える。
応急処置として作之助が持っていた可愛い猫がプリントされた絆創膏(この時は作之助の用意周到さに瞠目した)を見つめはにかんでいる司書の耳に、先程別れた青年の声が数多の喧騒の中に紛れているような気がしてゆっくりと頭を上げた。

距離にして数百m先にその人"達"は居た。
自分とは真逆の空気を纏った、今風とでも言えば良いのだろうか。
膝上ギリギリの短い丈の浴衣に大きく開かれた谷間。自分が纏っている浴衣と同じ括りにしてしまっても大丈夫かと見ているこちらが不安になってくる格好で女性二人は作之助の体をしきりに触ったり、これ見よがしに胸を彼の腕に押し付けている。

「……作之助さんは美男子だもんなぁ」
彼が世界の誰よりも格好いいなんて自分が一番知っている。
少し大それた言葉だろうかと数秒考えたものの、自分は彼と恋人関係にあるのだ。
恋人である作之助に対して僅かながら独占欲とそんな素敵な男性と恋人なのだという自慢心……とでも言うのだろうかを多少滲ませても許される、と思いたい。

……それにしても女性二人、幾ら何でもしつこくすぎやしないだろうか?
作之助を見送ってから暫く腰を落ち着けていたお陰か擦りむいた箇所の痛みと疲労も大分取り払われた。
彼の眉間に薄ら皺が刻まれていっているのを確認した彼女が立ち上がると同時に、聞き慣れない男の声と腕が視界に入ってきた。

「丁度暇を持て余してさ、お姉ちゃんも俺達とお祭り楽しまない?」
「連れが帰ってくるのを待ってる最中なので……え、っと……」
「嘘をつくなんて悪い子だね。さっきから君の事見てたけど、ずっと一人だっただろ?ほらほら」
進路を塞ぐ男二人から己の身を守るように胸の前で腕を組む。
背中を伝う汗の冷たさと男達の舐め回すような視線に震えながら目を伏せていると、全身がぞわりと粟立った。

「折角可愛い浴衣着てるんだから夏祭り楽しまなきゃ損だよ」
「そうそう!あ、もしかしてここの祭り来るの初めてだったりする?ちゃんと俺らがエスコートしてあげるから……ね?」
腰に回された見知らぬ男の腕に深く嫌悪しているのに、それ以上に恐怖心が上回って声が出ない。
ガチガチに固まった司書に卑下た笑みを向け強引に連れ出そうともう片方の男が白い手に手を伸ばした刹那、乾いた音が一帯に響いた。

「はいはーいお兄さん達そこまでな〜。ワシの恋人に目を付けるとはお目が高い!よう分かってますなぁ!……せやけどこれ以上、この子怯えさすつもりならワシも黙っとらへんで」
「さ、くのすけさ……」
「遅うなってごめんな?怖かったやろ」
男達から彼女の姿を隠すように抱きしめた作之助はそう言いながら司書の髪を優しく撫でた。
作之助に反論しようとした二人組の片割れが口を開きかけた瞬間、作之助の鋭い緋色の目に射抜かれ男は息を呑んで沈黙した。

「お兄さん達も用済んだみたいやし、ワシらもそろそろお暇しよか〜あっちに美味そうなりんご飴売っててん!一緒に行こうや」
ん、と背中を向けてきた作之助と男達を比べ見てから軽く会釈した司書は再び彼の背に体をくっつける。

「ナンパされてる作之助さんが見えたので助けようと立ち上がった瞬間、あの方達に声を掛けられてしまって……」
「えっ!ワシのあの姿見てたん!?穏便に済ませようと思ってたんやけどあの姉ちゃんらしつこいし、目と鼻の先でおっしょはんに声掛けよる人影あるし……一人で心細かったやろ。ほんまごめんな」
首に回されていた腕の力がほんの少し強くなったのと、甘えるように大きな背中に顔を擦り付けてくる彼女に作之助は嘆息をついた。

「……作之助さんは私の恋人なのに、と思いながら作之助さんとお姉さん方を見てました。心の狭い私に幻滅しちゃいましたよね」
「なんでそない思うん?あの姉ちゃんらに囲まれてるワシの姿を見て妬いてくれたっちゅーわけやろ?幻滅するどころかワシは嬉しいけどな」
「そういうものなんですか?」
作之助の背中から顔を上げて尋ねてくる司書の顔が容易に想像出来て、作之助は堪らず笑みを洩らす。
作之助が笑う理由が分からず今はきっと難しい顔をしているのだろうと考えながら足を止めると、ほぼ同じタイミングで花火が空を彩り始め出した。

「ワシもおっしょはんが知らん男に声掛けられとる姿見て妬いとったからなぁ。な?お互い様やろ」
「普段余裕たっぷりな作之助さんも妬いたりするだなんて……私に気を使っていただいてるわけじゃないですよね!?」
「ワシかて男でおっしょはんの恋人やし?口や態度に出さへんだけやって」
彼の言葉返しにう、っと言葉を詰まらせた司書を近くのベンチに下ろしその隣に腰を落ち着けた作之助の顔は夜空に咲き誇る大輪の花に向いている。
無防備に置かれた彼の手にそっと指を重ねると顔は花火に向けたまま、固く指を絡められた。


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極夜