誓約という呪詛を残し消えた


※アニメ基準
全体的に甘くないシリアス風味


なあ、何でお前はそんなに泣いてるんだ?
さっきからずっと大声出して泣き続けてるし……早く泣き止まないとその綺麗な目がうさぎみたいに真っ赤に充血して、瞼も腫れぼったくなっちまうぞ。
現にルネッタの声は枯れつつあるし、俺もどうしたら良いか分からないんだ。

「…………うそつき」
深い哀愁が漂う声が空気を揺らした。
いつの間にか目線が変わって誰かが居たルネッタの膝上に俺の頭があって、溢れる涙を拭ってやろうとする。


「またこの夢か」
伸ばした手は空を切り、固い寝台の上でブラウン・ベスは目を覚ました。
自身と同じく貴銃士と呼ばれる存在からマスター或いはメディックと呼ばれているルネッタと初めて視線が交わった時、向こうが息を呑んだのを確かに感じた。
取り繕うように笑顔を貼り付けて名乗る少女の顔色の青白さは今も鮮明に記憶している。


「おい──」
右も左も分からない状況の中、咄嗟に崩れ落ちていく彼女の左手と腰を掴み自分側へ引き寄せる。
左手の掌に刻まれた薔薇の花を連想させる痣は白磁の肌を蝕み、まるでツルのように手首にまで刻み込まれている。
四方から茂みをかき分け接近してくる敵意丸出しの人物目掛け青年は傍らに落ちていた少女の所持品と思わしき銃に手を伸ばし、深呼吸を一度してから照準具にエメラルドグリーンの瞳を落とし込むとそのままトリガーを引いた。

乾いた音が一帯を覆い尽くす。
生存者が己と意識を消失している少女のみになっているのが分かった途端力が抜けて、引き寄せられているかのようにその場に倒れ込んだ。
現状を掌握出来ていないにも関わらず、意識の奥深くに存在する思考は揺らがない。

「(──この身に代えても、必ず守りぬく)」
這って少女の元に到着した彼はその胸が上下しているのを確かに捉えてから細い身体を引き寄せ、抱き込む。
近付いてくる足音が福音である事を願いながら瞼を閉じた。

* * *

放たれた鉛玉は真ん中から少し離れた場所に的中した。
先程イエヤス達から聞いた話が延々と脳内を巡っている。

──今この場に居る俺は二挺目で、一挺目の俺はルネッタが初めて呼び覚ました貴銃士として後から目覚めた奴らにかなりの世話を焼いていたらしい。
ルネッタを伴って作戦を敢行していた最中、世界帝軍の兵にあっという間に取り囲まれ進退窮まった一挺目の俺は仲間を一人でも多く逃がさんため数多の銃の前に身を晒した。
何発も銃弾を浴び、膝をつきたくなるほどの鈍痛を歯を食いしばって耐えながら「ここは俺に任せて早く、逃げろ」と告げた俺から背中を向けたルネッタの体にかすり傷ひとつないのを確認してから心銃を発動し、消えた。

「(一挺目の俺は消える間際、何を思ってたんだろうな)」
騎士として忠義を果たし、レジスタンスと唯一無二の存在であるルネッタに輝かしい勝利をもたらす。
その為であれば己の身ひとつ安いものだ……なんて思いながら消えたのかもしれない。

同じ形状で同じ名前。
それなのに俺は最初からルネッタの側に居た"俺"じゃない。
それがどこか苦しくて、間近でルネッタの側に居た自分じゃない自分が羨ましくて同時に妬ましくもあって。
……ああ駄目だ、考えが纏まらない。

「そろそろ一息入れたらどう?」
「ルネッタ……わざわざ持ってきてくれたのか」
コップになみなみと注がれた水を突き出しながら大きく頷いたルネッタは、今もまだ熱を帯びている銃に触れた。

「うう……構えるだけでふらついちゃう」
「まだ銃身も冷えてないし早く下ろせ。火傷でもしたらどうするんだ」
ぷるぷると腕を震わせてゆっくり銃を壁に立てかけたその背中に声を掛ける俺は、心底意地が悪いだろう。

「最初の俺がここに居た方がレジスタンスにとっても、お前にとっても良かったのかもしれないな」
背中を向けたまま固まったルネッタは何も言わない。
貴銃士だけでなく、レジスタンスの人間にも手当てを施すどこまでも優しいマスター。
そんなルネッタの口から「違う」の一言を欲してしまった俺は、何て浅ましいのだろう。

「悪い、今のは──」
「最初のベス君はね、私との約束を破ったの。生きて帰って来てくれるなら勝ち負けなんてどうだって良かったのに。なのに私を、皆を守る為に一人残って……静かになった頃合いに皆の制止を振り切ってその場所に戻った私の目に飛び込んできたのは、修復も施せないほど破損した銃だけ」


「…………うそつき」

煤と赤黒い液体に濡れた銃を抱えて大粒の涙を流し、嗚咽を漏らすルネッタは俺の為に泣いてくれていたのか。
俺にだけ口を酸っぱくして無理をしないでね!と言っていたこいつに抱いていた疑問が自分の中で溶けていく。

この記憶は、最初の俺の……。
どうしてそいつの記憶が今の俺に引き継がれているのか詳しい事は分からないが、全容が分かった今俺は改めてこいつに……彼女に誓おうと思う。

「世界帝軍との戦いが終わるその日まで俺はお前の側に居る。地面を這いつくばる事になろうとも必ず帰ってくるから、だからルネッタは俺の帰る場所であってくれ。これは英国紳士としてでも、貴銃士としてでもない一人の男として誓わせてくれ」
「……今のってもしかしてプロポーズ?」
「なっ……!?ば、馬鹿!そんなわけな……いぞ」
「ベス君が違うって言うならそれで良いかな。今のベス君の言葉を信じて私は待ってるよ」

だから絶対、帰ってきて。
そう紡いだルネッタの瞳が潤んでいたような気がしてベスは目を擦る。
淡く微笑んでいる彼女の左目からひとしずくの涙が伝い落ちた。


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極夜