篠突く雨と散々な休暇


次はいつ休みが取れるか分からないし、今日はまるまる日用品の買い出しに費やそうと質素な服に着替え自室のドアノブを握った瞬間、扉をノックする音が部屋に響いた。

「ルネッタ居るか?」
「はい、今開けます」
姿を見せたのは自身と同じくかなりラフな格好をした白竜騎士団の若き団長、ランスロットだった。
彼がこうしてルネッタの部屋を訪ねてくる事は少なくはないが、服装からして鍛錬のお誘いではなさそうだ。

「ヴェインから今日、ルネッタが休みだと聞いてだな……もし良ければ一緒に城下町へ行かないか?」
「視察ですか?ランスロットは本当に真面目ですね」
「え?いや、今日はそういうのではないんだ」
珍しい事に今日はランスロットも休みらしく、暇を持て余していたのだという。
自室を出る前に見た遠方の分厚い灰色の雲と、稲光。
そして外に出た二人の頬を撫でた冷たい風にルネッタは顔を顰めた。

「ランスロットは根を詰め過ぎる所があるから心配だと、ヴェインが洩らしてましたよ」
「ヴェインが、ルネッタにか?……ヴェインと随分仲が良いんだな」
「前にランスロット様とヴェイン様の一糸乱れぬ連携は素晴らしいですよね!と兵士の方が鼻息を荒くして語ってました。ランスロットの方がヴェインと仲が良いのは私もよく知ってますよ」
「付き合いが長いからな。気を使ってくれてありがとう(フォローが欲しかったんじゃない……!)」
自身より更に小柄な騎士が女性だったと明るみに出た時は、これからどうやって付き合っていけば良いものかとランスロットは酷く頭を悩ませた。
今までと変わりない扱いをして欲しい。
今回の件により騎士団内に軋轢を生むのであれば、私は抜ける事も厭わないという当人の決意をその場に居た皆で口を揃えて跳ね除け当事者の女性が安堵の表情を浮かべていたのは比較的記憶に新しい。

こうして肩を並べて歩いてみると彼女から漂ってくる甘い香りと、絹のように白く滑らかな肌など男女の差を感じてどうして中々気恥ずかしいところがある。

「視察が完了次第、買い出しをしても?」
「付き合うよ。誘ったのは俺だからな」
「ランスロットの好意は嬉しいですが、私の都合に付き合ってもらうのは……あ!ちょっと、返して下さい!」
言い渋るルネッタの手から買い物メモを奪い取ったランスロットはメモに目を通し終えると一気に険しい顔をして、ルネッタの肩を掴んだ。

「二手に分かれて買い出ししないと時間が足りないな。ここまでは俺が請け負うから残りは頼む。買い出しを終えたら、後ろのお洒落な喫茶店で一休みしよう」
「そんな大量の買い出しをランスロットにお願い……行っちゃった」
優秀な彼の事だから、一目見ただけで脳内に買い出しリスト一覧を記憶したのだろう。
量が量なだけにランスロットがルネッタより早く買い物を終えるとは到底思えないが、億が一でも騎士団長を待ちぼうけをさせないためにルネッタは小走りで街の喧騒に溶け込んだ。

* * *

ルネッタが店主からお釣りを受け取ろうとしたまさにその瞬間、落雷の爆音が一帯に轟き店主は瞠目しながら肩を揺らした。
朝方見た雲は更に黒く、分厚くなってフェードラッヘに近付いてきていた。
最後の買い物を終えたルネッタは足早に待ち合わせ場所を訪れ、周囲を見渡すもランスロットの姿はない。
さてどうしたものかと仰ぎ見た空は雨雲に覆われ、そこから落ちた最初の一粒を皮切りに雨足は一気に強まった。
露店の店主は商品に被害が及ばぬよう店じまいの準備に入り、買い物客は近くの雨宿り出来そうな空間に駆けこんだ。

「……嫌な予感がする」
幸いにもランスロットと待ち合わせに指定した喫茶店はルネッタが頻繁に足を運んでいる馴染みの店であり、ランスロットと別れた直後に店内からにゅっと姿を見せた店主は口角を緩ませながら「デートかい?」なんて囁いてきた。
(店主の言葉には全力で首を振り、否定しておいた)

喫茶店の中はいつもと変わらない穏やかな空気が流れており、常連客の来店に顔を綻ばせた店主に大股で歩み寄る。
迷惑を承知でこの荷物を一時的に預かって欲しい、もしこの店に朝同伴していた黒髪の青年が現れたら私は川沿いの村の様子を見に行ったと伝えて欲しいと口早に伝え、店を飛び出した。
全身に降りかかる雨に痛みに眉を寄せたルネッタは豪雨の中、飛沫をあげてまた街の中に消えていった。

* * *

「此度の雨で近くの川が氾濫するのではないかという不安の声が、時間と共に強まっております」
カール国王の元へ馳せ参じた兵士は、甲冑から水を滴らせていた。
突如国を襲った豪雨は止む気配を見せず外に飛び出した亭主が転倒、我が子とはぐれてしまった親など続々と報告が寄せられる。

「ランスロット様!?今までどちらに……」
「王に火急の連絡があるんだ、通してくれ。白竜騎士団団長、ランスロット。王にお伝えしたい事柄があり馳せ参じました」
片膝をつき、頭を垂れたランスロットの髪からぽたぽたと水滴が落ちる。
濡れた衣類の裾からも同様に水が滴っているのに気が付いた兵士の一人が声を荒げ「ランスロット様にタオルを!」と言っている側でランスロットは極めて冷静に、現状報告を開始した。

「川沿い近くにあるブリー村と川の様子を先程見て参りました。氾濫するのは時間の問題と判断し、そこに住まう全ての村民を城下まで護衛致しました。氾濫した水が城下へ到達する事はほぼないと思われます」
「ご苦労であった。ブリー村と対岸にあるベル村について、誰か聞いておらぬか?」
ブリー村の村民が安全という事に胸を撫で下ろした一同の表情が再び険しくなる。
川を隔てて存在しているベル村からは未だ、何の連絡も入ってきておらずランスロットは先程「氾濫は時間の問題」と言った。
誰もが最悪の事態を想定し奥歯を噛み締めたそんな時、謁見の間へ続く暗い廊下の奥から凛とした声が謁見の間に響いた。

「白竜騎士団所属、ルネッタ。ただ今帰還致しました」
真白なマントを羽織った状態で王の前に姿を見せたルネッタはフードを取り払い、王にその顔を晒した。
見知った人物が無事であった事に僅かに頬を綻ばせた王は頷き、続きを促す。

「川沿いにございますベル村は私が到着した時点で大混乱に陥っており、彼らを落ち着かせ遠回りながら安全な道を辿っていた結果、城下町への到着が遅れてしまいました。ベル村の村民は全員無事でございます。厚い雲の切れ間から青空が見えるようになって参りました。この雨も、もう間もなく止むものかと」
忠臣二人の報告を受けた王は城内で待機していた兵たちに指示を飛ばす。

再度王に一礼しその場を後にしたルネッタ続き、ランスロットも彼女の後を追う。
少し離れた場所でマントを脱ぎ払ったルネッタの服はランスロットに負けず劣らずずぶ濡れで、薄手の衣服はぴったりと肌にくっつき、白い服越しに肌と黒い何かが浮き上がっていた。

「私一人ではブリー村まで手が回らなかったので助かりま……ランスロット?」
「お互い災難な一日だったな」
兵士に預けていたマントを再びルネッタの頭から被せたランスロットは彼女の腕を掴み、足を進める。

「自分の部屋に着くまでそのマントを脱がないように。部屋に入ったら真っ先に服を着替えること、いいな?」
「全身この有り様で気持ちが悪いので勿論、着替えるつもりでしたが……ランスロットもちゃんと拭いた方が良いですよ」
突然掴んでいた手に力が入り否応なしに足を止まったランスロットの頭に柔らかなタオルがかかる。
背伸びをして、髪から首筋に落ちる水滴を拭いたルネッタはフンと鼻を鳴らしどこか得意げな表情をした。

「声を引き攣らせたメイドから謁見する前にこちらをお召しになって下さい!といつになく強い口調で言われまして。ランスロット?さっきから様子がおかしいですが、もしかして熱でも……」
「その心配は絶対にないから!……はあ(他の兵士よりも早くメイドがルネッタの有り様に気が付いてくれて、本当に良かった)」
一瞬見ただけのランスロットでも男女の体付きの違いをありありと痛感させられる、見た相手によってはその場に組み伏せられてもおかしくない姿を数秒思い出し即座に首を振る。
ランスロットの葛藤も知らず当のルネッタは後日、喫茶店の店主に再びランスロットの事で冷やかされ顔を真っ赤にして否定する羽目になるとはこの時想像すらしていなかった。


後日談

「先日は私に付き合ってもらったので、次の休暇はランスロットに付き合います」
「あれはたまたま運が良かっただけで、そう何度も休みが……次の週末どちらも休みだな。今度こそゆっくりと城下町を散策出来るといいな」
これまた珍しいと羊皮紙を捲って目を白黒させているランスロットと対照的に、ルネッタは瞳を輝かせガッツポーズを決めていた。

「次の休暇が待ち遠しいですね、ランスロット!」
うきうき気分でランスロットの前から去っていくルネッタと目を細め、彼女を見送る騎士団長。
そんな二人の距離を縮めんと水面下で努力している副団長の存在がある事は、また別の機会にお話しよう。


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極夜